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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (41)摩耗したパワーストーン 外では雨が降っている。 大地を濡らす、嘆きの雨だ。 「お話は分かりました……」 白衣を纏った青年が、小さく唇を動かして、漏らすようにそう口にした。 ハルケギニアにおいて最大の教勢を有する始祖ブリミルへの信奉、それらを一手に纏め上げる『宗教庁』。 その中心は、光の国の別名を持つロマリア連合皇国、その随一の都市ロマリアにあった。 美しい、人々が一目見て感動し、崇敬することまでを計算に入れて作られたかのような、染み一つない見事な白亜。 五つの塔とその中心に座する巨大な本塔、そして周囲に点在する大小美しくも荘厳な建造物群。 『大聖堂』 ハルケギニア最大の、宗教権威の象徴。 その本塔、上層階で、司祭達の頂点に立つ青年は呟いた。 ロマリアの大聖堂、その謁見の間には今、四人の男女の姿があった。 一人は清浄なる白衣を纏った青年、教皇聖エイジス三十二世。 その対面はそれぞれ折り目正しい礼装を身に纏ったキュルケ、モット、コルベールである。 「ゲルマニアの窮状、トリステインの言い分、そしてアルビオンの非道。確かに全て聞き届けました」 教皇の言葉を聞いて、三人は傅いたままの姿勢で、目に期待を滲ませて彼を見た。 三人の正面に立つ人物は歳若い、まだ少年時代を過ぎて幾ばくといったところであろう。 そんな彼がハルケギニアにおいて最も尊い存在と謳われる教皇の立場にあるなど、説明されなければ何人たりとも分からないに違いない。 だが一方で、説明されれば彼の持つ輝くばかりの美貌や、背負われた降り注ぐばかりの威光は、彼が教皇聖エイジス三十二世であることの証左だと、納得させるに足るものであった。 「確かに宗教庁としても、一連のアルビオンの行動には含むところが無くはありません」 閃光。 雨音を切り裂いて雷鳴が轟く。 稲光が瞬いて照らし出された教皇の貌は、憔悴と疲弊に窶れていた。 「我々宗教庁は、あなた方の計画する反アルビオン連合への協力を惜しみません。ロマリアの議会にもそのように働きかけを行いましょう」 再び雷光。 一瞬不気味に白く浮かび上がった教皇のシルエットは、人として不完全な形をとっていた。 彼は教皇の位を示す聖杖を左手に持っている。 そして、本来それを握るはずの右手が、肘のあたりから先、無い。 教皇聖エイジス三十二世はその右手を聖衣の下に隠している。しかし、その長さが明らかに足りない。 教皇が隻腕の青年であるなどということは、訪ねた三人の内、誰もが知らぬことであった。 「ガリア女王の出した条件についても、特に問題ありません。そう女王陛下にお伝え下さい」 その一言により対アルビオン戦の要、ガリアの女王イザベラ一世との会談の為のお膳立てが、すべて揃えられた。 使命はここに果たされたのだ。 ガリア・ロマリア・トリステインの協力関係はきっと無事に築かれるに違いない。 全ては万事順調。 だというのに、その偉業を成し遂げたモット伯の顔色は優れなかった。 「聖下、発言をよろしいでしょうか」 モットの言葉に教皇は美しい微笑――壊れやすい陶器のような――を浮かべ、頷き応えた。 「聖下は……宗教庁は、この度のアルビオンの不穏を、どの程度か把握しておられたのではありませんか? 先ほどの口ぶりは、そう受け取れるものでしたが……」 確かに先ほど教皇は、宗教庁にはアルビオンへ思うところがあると発言している。 だが、モット伯がそうと思うに至った根拠は、それだけではない。 宗教庁は一般的に世俗には無関心とされているが、その実、他国を圧倒する情報戦のエキスパート達、優秀な密偵達を擁しているとも噂されている。 そしてその噂は単なる与太話の域に止まらず、信じるに足る根拠がいくつもある。実際に真実と信じているものも決して少なくはない。 モットもその一人である。 例えそのことを差し引いて考えたとしても、強大な権力と、ハルケギニア全土に広がる信徒・司祭達の連絡網を持つ宗教庁に、これまで一切の情報が入って来なかったというのは考えづらい。 ならばこそ、そのことをモットは問いたださねばならなかった、貴族として、ブリミルを信奉する者として。 この異常事態に宗教庁は、敬虔な司祭の長達は何を考えていたのかを。 死んでいった部下達や多くの者達の、代弁をしなければならなかった。 教皇は張り付いた笑顔に、無気力が滲んだ胡乱な目を一瞬モット伯に向けてから、子供に語り聞かせるようにゆっくりと喋り始めた。 「……そもそも、このような流れになること自体が、定められた世界の想定外だったのです。我々はその軌道を修正ないしは利用して、望みうる最良の結果を得るべく行動を起こしましたが、 ……結局、あなた方がこの場に現れた事実が、それすらも失敗に終わったことを示しています」 答えにならぬ答え。 宙を仰いで語る教皇の姿は、まるで老人のように疲れ果て、力なく。 そして、聞き届ける者も居ない独白は更に続く。 「我々は賭に負けたのです。真の主役はあなたたち、我らは表舞台からただ転がり落ちた落伍者にしか過ぎません。ならばこの度の機会は諦め、流れに任せ次の機会を待つのが、我らに残された最後の道なのでしょう」 それはあるいは始祖ブリミルへの告白だったのか。 独白は謳うように虚空へと流れ、何も残さず消えていった。 教皇の言葉は終わったが、疑問をぶつけたモット伯は戸惑いを隠せなかった。 今の言葉が問いかけに対する応えには思えない。しかし教皇が自分を煙に巻こうとしている発言とも思えなかったのだ。 そもそも、今の語り口からは、何かを成そうという覇気が感じられない。 彼自身の口から語られたとおり、それはまるで全てを諦めた落伍者のようであった。 一方、隣で傅くキュルケには、教皇がその身に纏っている気配の正体を敏感に察知していた。 今やアルビオンで探せばどこにでも転がっているそれは、『絶望』と『諦観』という名の感情である。 きっと教皇は、アルビオンに対して中立の立場を取ることで、何らかの利益を得ようとしたのだろう。しかし、実際には思い通りにことは運ばず、むしろ思いもしなかった破綻へと集束したのだ。 そうして絶望し、失意のうちに諦めと無気力に飲み込まれ、流されるに任される。 そうした姿を、キュルケはよく知っていた。 雨音だけを残して、沈黙の帳が落ちる。 モットは計りかねるようにして言葉を絶って、その姿から真意を掴み取ろうと教皇を凝視している。キュルケは興味がないとばかりに、すでに教皇に意識を向けていない。 「猊下、私もよろしいでしょうか」 よって、沈黙を破ったのは、この場に参じてから一度も口を開いていない人物であった。 「……あなたは?」 「トリステイン魔法学院の教師、ジャン・コルベールです。特使のお二人をこの地に運ぶ役目を仰せつかりました」 「……それで、その行者の方が、この私にいったい何の用向きでしょうか?」 コルベールは一つ頷くと懐へと手を差し入れ、そこから何かを握りしめ取り出した。 そして握った手を返して開くと、そこには小さな赤い箱が乗っていた。 コルベールはその箱を開けると両手で捧げ持ち、三歩前に出て教皇にその中身を見せた。 小さな箱……その台座に眠るように嵌め込まれていたのは、簡素な作りの、赤い宝石を嵌め込まれた古ぼけた指輪であった。 それを見た教皇の双眸が、驚きに見開かれる。 「! これは……」 「火のルビーでございます」 始祖の遺産、四の四。三王家一教皇に伝わる秘宝中の秘宝。 かつてトリステインへと逃げた、ある女が所持していたはずのそれ。失われたと思われて久しかったそれが、コルベールの手の中にはあった。 「聖下のお名前を知ったときから、いつかお渡ししなくてはならないと思っておりました……このような機会、このような場になったことをお許しください」 かつての持ち主ヴィットーリア、そして教皇たる青年ヴィットーリオ。 単に有りふれた名前、似ている名前というだけかもしれなかったが、それでもこれが一つの運命的な繋がりであるように、コルベールには思えたのだ。 「あなたはこれをどこで?」 「………」 「いえ、聞くべきことではありませんでした。今はただ、この指輪が戻ってきたことを喜びましょう」 コルベールは深く頭を垂れてじっとその言葉を聞いていた。 教皇聖エイジス三十二世の言葉は静かであるが、自然とひれ伏さなければならないと思わせる威厳に満ちていた。 そのような教皇の神々しさを目の当たりにしたコルベールは、しばし我を忘れて逡巡する。 「まだ何か?」 慈悲深い労りに満ちた、柔らかな声。 跪いたまま下がるでもなくその場に止まったコルベールに向かって教皇が問いかけた。 その言葉に、慈悲に、コルベールは縋り付かずにはいられなかった。 「聖下、過去に過ちを犯した罪人は、今をどのように生きればよいのでしょう」 二十年。 それは彼が二十年悩み続けてきた疑問だった。 コルベールの突然の問いかけにも動じず、教皇は慣れた様子で滑らかに答えを述べた。 「罪は償わねばなりません。過去の罪は現在の贖罪によって購われるでしょう」 「それでは、購いきれぬ過ちを犯した人間は、どうすればよいのでしょう」 「………」 強い、二度目の問いかけに、今度は教皇がしばし躊躇う。 彼は宗教庁の代表たる教皇として口にするべきことと、教皇聖エイジス三十二世として口にするべきことを天秤にかけ、 「罪が許されるまで、あるいは生涯を終えるまで、贖罪に身を費やすのです」 己の考えを口にした。 「つまり、それは……現在を、未来を、過去の精算に充てよということですか」 「そうです。その通りですジャン・コルベール。購えきれぬほどの罪ならば、その生涯を、現在を、未来を、過去の奴隷として贖罪の火にくべるのです」 穏やかな口調とは裏腹に、それは苛烈すぎるほどに、断罪の言葉であった。 コルベールが崩れ落ちる。 「ああ、……私は、やはり、許されぬ身なのか……っ」 咽び泣く、悔恨をその身に浴びて、嘆きに身を任せる。 その姿を見て、キュルケは溜まらずコルベールに声をかけようとした。 「ミ……っ」 だが、直前、思い止まる。 感情とは、その人間ただ一人のもの。 その決着は、己の手で掴み取らねばならぬ。 そこに余人の入り込む隙間などない。 いつか聞いたそんな言葉が、安易な慰めの言葉を遮ったのだった。 床に崩れ、嘆きに伏せるコルベールに、しかして教皇は、明るく暖かみのある声で語り降ろした。 「けれどもジャン・コルベールよ。私はあなたを祝福こそすれ断罪しようなどとは思いません。たとえあなたがこの指輪の持ち主から、どのような経緯でそれを受け取ったのだとしても」 頭上から降り注いだ声、その意味がわからずコルベールは涙の跡もそのままに、呆然とした顔立ちで目の前の教皇を仰いだ。 「この指輪の持ち主は、私の母でした」 「!」 事も無げにいうと、教皇は笑みすら浮かべて先を続けた。 「彼女は罪人でした。神に選ばれた息子の力に恐怖し、運命からも逃げ出した、本当に救いようのない咎人でした」 自分の母を、罪人と言い切る教皇の姿。 「よって、例えあの者が神の裁きを受けたとしても、それは運命。執行者はただそれを代行したに過ぎません。私にはあなたを祝福しこそすれ、罰することなど、できようはずがありません」 自分の母の死を、運命だとして肯定する姿。 「さあ胸を張りなさい。ミスタ・コルベール。あなたに神と始祖の祝福があらんことを」 コルベールが恐る恐ると覗いた教皇の目には、ここ数ヶ月で何度も目にした、あの狂気の色が映り込んでいたのだった。 深淵。 一寸先も見えない真の暗闇の中。そこにカツンと一つ、音が生まれた。 灯る光。 魔法のカンテラの明かりに照らし出されて、漆黒の眠りを妨げた闖入者の姿が浮かび上がる。 背格好は平均的な成人男性のそれよりやや高い。 身につけているのは純白の聖衣、頭に被った司祭帽には始祖ブリミルを崇める高司祭の地位を示した章紋。 何より特筆すべきは、闇の中にあって一筋の光明の如き、輝かんばかりのその美貌。 大聖堂地下、その秘奥。 代々の教皇と、その教皇の信任を勝ち得たほんの一握りの人間しか知り得ぬ、何重もの封印を施された秘密の小部屋、教皇はそこにいた。 「まさか……この局面で、私の手に戻ってくるとは思ってもみませんでした」 そう言って、教皇が左手でそこに潜むものに見せつけるように掲げたのは、赤い宝石がつけられた飾り気のない指輪である。 ウルザがパワーストーンと呼び、ルイズが二つ、ワルドが一つそれぞれ所持している始祖のルビー、その最後の一つが今、教皇の手の中にあった。 ずっとコルベールの元にあったそれは、ウルザの探索の手からも、ワルドの収集からも、他のパワーストーンとの共振からも逃れ、戻るべき主の手中に収まっていた。 では、如何なる手段を用いればそのようなことが可能であったのか? 種明かしは、火のルビーが宿したその弱々しい輝きにある。 それぞれ、独自の色に輝きを秘めたる四のルビー。だが、今教皇の手の中にあるそれは、くすんでおり輝きがほとんど感じられない。 火のルビー、本来ならば烈火の如き勢いで力を汲み上げることが可能なはずのそれは、力を著しく減退させており、故にこれまで誰にも感知されることがなかったのである。 教皇がカンテラを持った手で火のルビーを掲げた為、図らずともその光が闇に潜むものたちを照らし出した。 晒され現れたのは、無数の鉄の骸。 教皇が立つ足下の床には、無数の鉄くずが転がっていたのである。 それを見た教皇の耳に、言葉が蘇る。 『よかろう教皇猊下!』 『使い魔の命に免じて』 『貴様の右腕とこの場にあるガンダールヴの槍だけで』 『この場は満足するとしよう!』 『しかし、慈悲は一度だけだ』 『余計なことは考えるな』 『何もせず、じっとしていれば』 『おまえたちの望みは叶う、叶うのだ』 『くれぐれも、余計なことなど考えぬことだ』 頭蓋の中で、跳ね回るようにして言葉が残響した。 脳を直接揺さぶられるような苦痛に、教皇は頭を押さえてその場に蹲る。 その拍子に足下にあった一つの残骸が、霞む彼の目に留まった。 周囲に散乱しているのは、破片、破片、破片、破片…… それらは形も止めないほどに破壊され尽くした、カンダールヴの『槍』だった。 巨大な鉄の塊から異界的なフォルムを持つ何に使うか分からない器具、未だハルケギニアでは実用化の目処がつかない連続式自動拳銃、etcet...... それらは本来異世界からこの世界に呼び込まれた、ガンダールヴ最大の武器になるはずだった『槍』の、なれの果てである。 何重もの『固定化』や『硬質化』がかけられて保存されていたはずのそれらは、ただ一人の力によって、残らず本来の機能を破壊されてしまっていた。 その破壊の瞬間を、教皇はこの場で居合わせ目にしていた。 暴威を可能とした圧倒的な力。 まるで神が目の前に降臨したかのような、いっそ冒涜的ともいえるような存在感。 何もかも全てが、人間に許された領域を逸脱していたアレ。 そのような存在を目の当たりにした彼は、生まれたばかりの赤ん坊が泣くのと同じように、ただ、素直に本能に従った。 即ち、頭を垂れ、地に伏したのだ。 教皇は思う。 あのとき、膝を屈したその瞬間から、自分はこの世界において不要な存在になったのではないのかと。 今の自分は何もつまっていないただの存在の残りカスなのではないかと。 ああ、そう考えるだけで、息が、息が、息が…… 「!……かっ、はっ……」 瞬間、教皇は地の上にて溺れかけた。 だが、不意の偶然/あるいは必然によってその意識は別のものに向けられて、危うく窒息を免れる。 彼を救ったのは、右手が発した痺れるような鈍い痛みであった。 本来感じるはずのない、喪われた右腕の痛み――幻痛。 皮肉にもそれこそが闇に飲み込まれそうになった彼の意識を救ったものだった。 「そう……まだ終わっていない。思いがけず、機は巡り来た……」 青い顔をして、ぜえぜえと荒い息をつくと、彼は左手の中指に収まったそれへ目線を向けた。 「この指輪こそが、真なる救済の始まりとなりますよう……どうか始祖ブリミルよ、哀れなこの私を見守りください……」 そうして教皇は、床に倒れたままで聖句を、始祖ブリミルへの祈りを唱えたのだった。 パワーストーンを扱う者よ、心せよ。 その力は容易に心を掻き乱す。 用心せよ。その力が何をもたらすものなのか、もう一度、思考せよ。 ――スランの技術者 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 「ゼロの使い魔」のメインヒロイン。名前が長い。 CVは釘宮理恵。 「魔法少女リリカルなのは」で、なのはの親友であるアリサ・バニングス役を、 「うたわれるもの」で、アルルゥの親友であるカミュ役を務めた。 [本編での動向] 目下、一番ろくでもない目に遭っている人。 具体的に言うと、朝倉涼子に拷問を受け爪を剥がされ、草薙素子に拷問を受けパンツを濡らして全てを見られるなど。 さらに衛宮士郎と出会い、徐々ではありながらもようやく調子を取り戻しつつあった矢先、八神太一の暴挙により彼を目の前で失ってしまう。 挙句間も無く訪れる放送で、使い魔平賀才人と友人タバサの死亡まで告げられ……暴走。 グラーフアイゼンの一撃でビルを吹き飛ばし、素子達を生き埋めにする。 才人の仇を討つため、殺し合いに乗り……負の螺旋は止まらない。 第二放送後は才人の首とともに朝倉を探して遊園地に乗り込むことに。精神は崩壊し、ネクロフィリアと化している。 遊園地内で情報交換を求めてきたグリフィスを襲撃するが、逆に打ち負かされ、才人の首と腕を奪われる。 その後グリフィスの『儀式』によって精神を完全崩壊させた彼女は、彼の命に従いホテルを襲撃する。 ホテルをまず内部から攻撃、外部からトドメを刺そうとするが、直前で高町なのはに阻まれる。 魔法少女対決の末、一度は敗北するも……執念で立ち上がり、なのはの喉笛を噛み千切るという狂気を見せる。 直後、なのはの親友であるフェイトと戦闘開始。 完全崩壊した精神は虚無の力をさらに悪質なものにし、タチコマなどさらなる被害者を生むが……最後はフェイトの怒りを買い、悲しい死を遂げる。 また、彼女のホテル破壊は間接的だが野原みさえの死亡にも繋がっている。 支給品は水鉄砲、もぐらてぶくろ、バニーガールスーツ。 名前 コメント これはひどい -- 名無しさん (2009-07-30 02 32 14) 虚無のメイジとはこれ死狂いなり、、、 -- 名無しさん (2009-06-27 00 05 48)
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第七十話「アルビオン氷河期」 隕石小珍獣ミーニン 冷凍怪獣マーゴドン 凍結怪獣ガンダー 宇宙海獣レイキュバス 冷凍怪獣シーグラ 登場 「……はい。こちらもひどい吹雪でございます、陛下」 ウエストウッド村からそう離れていない地点。ガンダーとマーゴドンの二大冷凍怪獣の引き起こす 猛吹雪によって大地は雪に埋まり、元がどんな地形だったのかは皆目見当がつかない。 その雪原の上に、ローブで全身を包んだ女が雪と風に煽られながらたたずんでいた。かつてアルビオンに 潜入していた謎の女、シェフィールドである。 彼女は傍目から見たら、独り言を唱えているように見える。だが実際は違う。テレパシーとも 言うべき能力によって、ある人物と連絡を取り合っているのだ。 「ガーゴイルを用いたとしても、前に進むだけでも困難な状態です。真に申し訳ありませんが、 仰せつかった“始祖の祈祷書”の回収の任、開始できそうにありません……」 本当に心底罪悪感を抱えている様子で、シェフィールドは謝罪した。 彼女はルイズの持つ“始祖の祈祷書”を強奪する目的で再びアルビオンに現れたのだ。 しかし、行動に出ようと考えていた今日この日に、折悪しく怪獣による異常気象が発生した。 そのためにルイズを見失い、任務遂行が不可能な状態に陥ったのだった。 シェフィールドの脳内に、連絡相手の声が響く。 『それは真に残念であるな。しかし、そんな巡り合わせの悪い日もある。よい、我がミューズよ。 祈祷書の奪取は打ち切り、我が元へ帰ってくるのだ』 「い、いえ。この吹雪がやんでから、改めて虚無の担い手を捜索することは出来ます。陛下がひと言 お命じ下されば、このわたくしめが、必ずや成し遂げてご覧にいれます」 『いや、余の気分が変わったのだ。単に“秘宝”と“指輪”を集めて眺めるより、“虚無”対“虚無”の 対局を指すことにした。その方が面白そうだ。故に必要はない。それに何より……そんな寒い場所に長々と 立たせて、お前が風邪を引いたりしたら心苦しい』 相手の最後の方の言葉を聞いて、シェフィールドは顔を輝かせた。容貌に似つかわしくない、 恋をする少女の顔だった。 「あ、ありがたきお言葉です! ではすぐにあなたさまの御許に馳せ参じます……ジョゼフさま!」 シェフィールドは懐から小さな人形を取り出し、それを足元に放った。 人形は一瞬にして羽を生やした大型の魔法人形ガーゴイルに変化し、シェフィールドは その背にまたがった。シェフィールドを乗せたガーゴイルは飛び上がり、風に逆らいこの場から 飛び去っていった。 知らず知らずの内にシェフィールドに狙われていたルイズであったが、彼女は現在、行方不明の 才人を捜す旅を行っていた。自責の念から一度は自殺も考えたが、ゼロたちとの生活の中で命の 大切さを知った彼女は、自らの命を絶やすその行為が大罪であることを悟り、前を向いて生きることを 遂に発起したのだ。 そう、まだ確実に死んだとは言い切れない才人の行方を捜し出すことを決めたのだ。そのために、 自分を心配してわざわざ様子を見に来たシエスタをお供にして、馬車の旅に出た。 が、しかし、ウエストウッド村に近づいたところで、怪獣たちの猛吹雪に襲われてしまった。 馬は凍死してしまい、ルイズとシエスタは雪の真っ只中に立ち往生するという最悪の状況に 見舞われているのだった。 「うぅ、さ、寒いわ……」 ガチガチと歯を鳴らすルイズ。ありったけの防寒具を着込んでいるが、それが役に立たないほど 気温が低下しているのだ。 顔が青ざめるルイズを、シエスタが励ます。 「ミス・ヴァリエール、しっかりして下さい! 眠ってはいけません。雪の中で眠ったら 命はありません!」 「う、うん……。シエスタ、あなた体力あるのね……」 「田舎育ちですから。このぐらい、なんてことありませんわ」 と言うシエスタだが、実際にはこれは強がりであった。本当は彼女も苦しい。しかしルイズを 激励するために、平気なように振る舞っているのだった。 「この幌馬車、雪の中に埋まりかけてます。このままでは生き埋めですわ。まずは脱出しましょう」 「ええ……」 荷物を持っていく余力はない。二人は着の身着のままで馬車から外へと抜け出した。その直後に、 馬車は幌に積もった雪の重みで押し潰された。 「危ないところでしたね。でも、ここからどうすればいいか……」 さすがに困惑するシエスタ。自分たちの発った町から、もう大分距離があるところに来ているので、 そこに引き返すというのは難しすぎる。この吹雪の中では、方向が分からなくなって遭難することも 十分にあり得る。 一方でルイズは、自分たちの目の前にある森の入り口を見やった。ウエストウッドの森だ。 「確か、この森の中に村が一つあるって話を町で聞かなかったかしら?」 「え? ええ……何でも、身寄りを亡くした子供たちが寄り集まって暮らしてる小さな村があるとかないとか。 でも、人の行き来が滅多になくてほとんど忘れられたところみたいですが……」 「そういう場所にいるんだったら、今の今まで行方不明のままでもおかしくないわね。いえ、それより 今は人のいる場所へ行きましょう。このままじゃ、二人とも凍え死んでしまうわ」 「そうですね……。本当に村があることに賭けましょう!」 ルイズとシエスタは、自分たちが生き残るために森の中へと歩を進めた。 「ガオオオオオオオオ!」 「プップロオオオオオオ!」 マーゴドンとガンダー、二体の怪獣の姿が、才人たちの目にしっかりと飛び込んだ。吹雪の中で 暴風のうなりにも負けないほどの咆哮を上げる怪獣たちの様子は、まるでこちらを挑発しているかのようだった。 怪獣たちの威容を目の当たりにして、子供たちはミーニンやティファニアにしがみついて 大いに震え上がる。ティファニアは彼らを落ち着かせるのに必死だ。 「あいつらの仕業だったんだな……!」 一方で、グレンと才人はガンダーたちを強くにらみつける。この吹雪は自然の天候ではない。 奴らをどうにかしない限りは、自分たちはもちろん、ハルケギニア中の人々が助からないだろう。 しかも、ガンダーはこちらに歩み寄ってきているようであった。ウエストウッド村を踏み潰すつもりか! 「このまんまじゃやべぇぜ! 俺が怪獣を遠ざける!」 そう叫んで家から飛び出していこうとするグレンに、ティファニアが驚愕した。 「そ、そんなの危険すぎます! こんな猛吹雪の中、無謀ですよ!」 事情を知らない者から見れば、グレンの行動はそう見えるだろう。しかし彼の本当の姿は、 熱く燃えたぎる炎の戦士なのだ! 「任せてくれって! みんなはどうにか自分たちの身を守っててくれよ!」 「グレン! 俺も……!」 才人が名乗り出ようとしたが、グレンに手で制された。 「お前はここの嬢ちゃんと子供たちを守ってやってくれ」 でも、と言いかけた才人だが、続きを口に出せなかった。ウルトラマンゼロになれない 今の自分に、巨大怪獣と戦える訳がない。 戸惑っている間に、グレンは素早く玄関から飛び出ていった。 雪原に飛び出すと、グレンは早速変身を行う! 「うおおおぉぉぉぉぉッ! ファイヤァァァァァ―――――――ッ!」 燃え盛る炎の勢いで一気に巨大化し、グレンファイヤーへと変貌した! 赤き戦士が 立ちはだかったことで、ガンダーは足を止めて警戒する。 『とぁッ!』 『むんッ! ジャンファイト!』 更にはミラーナイト、ジャンボットも駆けつけ、グレンファイヤーの左右に並び立った。 『お前たちも来たのか!』 『この一大事、何もしない訳にはいきませんよ』 『今変身の出来ないサイトたちには、指一本とて手出しはさせん!』 頼れる二人の仲間の登場でグレンファイヤーの心はますます燃え上がった。 『こんな寒々しい景色、ぶっ飛ばしてやるぜ! ファイヤァァァ―――――――!』 手の平から火炎放射を飛ばすグレンファイヤー。吹雪と極低温にも負けない灼熱の炎は、 ガンダーをひるませマーゴドンをたじろがせる。 『よぉし、行くぜぇぇぇぇぇぇッ!』 敵をひるませたことで、グレンファイヤーは一気に畳みかけようと駆け出した! 雪原を踏み越え、 ガンダーに猛ラッシュを食らわせようと迫る。 だが途中で、足下の雪から赤い巨大なハサミが飛び出してきた! 『うおわぁぁぁぁッ!?』 『グレン!?』 『グレンファイヤー!』 足をはさまれて前のめりに倒れるグレンファイヤー。ミラーナイトとジャンボットは動揺する。 「グイイイイイイイイ!」 雪の中からハサミがせり出してくる。その正体は、左右で大きさの不揃いなハサミを生やした、 角ばった甲羅を持つカニとエビを足したような甲殻類型怪獣……! かつてウルトラマンダイナをギリギリまで追い詰めた恐るべき宇宙海獣、レイキュバスだ! 『くっ、こんな奴までいやがったのか!』 グレンファイヤーは足を掴むハサミを振り払うが、起き上がったところにレイキュバスが 冷凍ガスを浴びせてくる。 『ぐわあああぁぁぁぁッ!』 その攻撃に悶え苦しむグレンファイヤー。レイキュバスの冷凍ガスはウルトラ戦士の巨体も 一瞬で凍りつかせるほどの恐ろしい威力がある。たとえ炎の戦士のグレンファイヤーといえども、 ただでは済まない! 『グレンファイヤーが危ない!』 ミラーナイトが援護攻撃をしようとしたが、そこに吹雪の間から飛び出してきた、上顎から 太い牙を剥き出しにした恐竜型怪獣が襲いかかってきた。 「ギャァァァアアア!」 『むッ! はぁッ!』 反射的に喉にチョップを叩き込んで返り討ちにするミラーナイト。だが恐竜型怪獣はミラーナイトの 周囲から更に三体も現れ、口から冷凍ガスを吐き出して攻撃してくる! 「ギャァァァアアア!」 『なッ! こんなに怪獣が……うあぁぁッ!』 三方向からの攻撃にどうにも出来ずに、ミラーナイトの身体が凍りついていく。 この怪獣たちの名はシーグラ! シーグラもまた冷凍怪獣である! 『グレンファイヤー! ミラーナイト! 今助け……!』 「プップロオオオオオオ!」 劣勢に立たされる二人を救援しようとするジャンボットにも、ガンダーが襲いかかる。 宙を滑空しながらドリル状の爪でジャンボットの肩を切り裂く! 『ぐわッ! くぅッ、思うように動けん……!』 ジャンボットたちの劣勢は、数の差だけが理由ではない。極低温の猛吹雪の中という、 相手に圧倒的有利な環境でその力を十全に発揮することが出来ないからだ。 『まずは吹雪をどうにかしなければ……!』 ジャンボットは高性能センサーを働かせて、事態打開のためのデータを収集した。 その結果、吹雪の中心がマーゴドンであることが判明。マーゴドンを叩けば、状況は好転するに違いない! 『よし! ジャンミサイル発射ッ!』 そうと分かったジャンボットの行動は早かった。ミサイルを一斉に飛ばし、マーゴドンへと炸裂させる! その爆発と熱でマーゴドンにダメージを与えるはず……。 「ガオオオオオオオオ!」 しかしミサイルの爆発はマーゴドンの身体に吸い込まれていき、火花は瞬く間に消え去ってしまった! 『な、何だと!?』 マーゴドンの冷凍能力は数々の怪獣の中でも頂点に君臨するレベル。あらゆるエネルギーは 絶対零度の肉体に吸収され、ゼロにされてしまうのだ! マーゴドンに爆撃は効かない! 『くッ、どうすれば……ぐわぁぁぁッ!』 「プップロオオオオオオ!」 ジャンボットが逆転の一手を考えつく前に、ガンダーが冷凍ブレスを食らわせた上に張り倒した。 横転したジャンボットは回路が凍りついて、立てなくなってしまった! ゼロのいないウルティメイトフォースゼロは、冷凍怪獣軍団の前に絶体絶命の窮地に追いやられた! 「み、みんなが危ない……!」 三人のピンチを、才人も目の当たりにしていた。焦燥を覚える才人だが、彼らを助ける方法は 何も思い浮かばない。何せ、頼みの綱のゼロは未だに覚醒していないのだ。 (くそぉッ……! どんなに訓練したって、人間の身じゃいざという時に何の役にも立たない……! やっぱり、俺に出来ることなんて何もないのか……!?) 激しい無力感に打ちのめされ、目の前が真っ暗になりそうな才人。 だが、ふと倒れているジャンボットの姿が目に入る。 その時、才人に電流が走った! (そ、そうだ! これが上手く行けば……!) 才人の脳内に、逆転の手段が浮かび上がったのだ! しかしそれを実行するのには、大変な危険がある。果たして自分に、その危険を突破する 力があるのか……。ほとんど無謀な行為なのだ……。 悩んでいたら、後ろの子供たちとティファニアの声が耳に入った。 「テファお姉ちゃん……眠い……」 「ね、寝ちゃ駄目よ! 気をしっかり持って! お願いだからッ!」 子供たちの体力は限界のようだ。 それを知った時、才人は決心した! (力があるのかとか、危険がどうとか、そんなことじゃない! あの子たちの命が消えかかってる! それを救わなくちゃいけない! そうしなきゃ、俺は本当に駄目な人間になる!) 瞳に光を灯し、デルフリンガーを背負ってマントを勢いよく羽織った! (俺は男だ! 人間だ! どんな敵が立ちはだかろうと――勇気を胸に、立ち向かってみせるッ!) 玄関の扉に手をかける才人に、ティファニアが慌てて呼びかけた。 「サイト、何をするの!?」 「行ってくる。今みんなを救うことが出来るのは、俺しかいないんだ」 「む、無理よ! 死にに行くようなものだわ! お願い、やめて!」 必死に制止するティファニア。だが才人の心は、もう変わらないのだ。 「無理なことなんてない! 俺は、諦めない! 不可能を可能にするッ!」 そして一気呵成に吹雪の中へ飛び出していった! 「サイトぉぉぉぉぉ―――――――――――!」 ティファニアの絶叫を背にして、才人は吹雪に逆らい駆けていく。暴風は彼を枝きれのように 吹き飛ばそうと襲い来るが、才人の身体は前へ前へと進んでいく。 (こんな逆風の中で、身体が動く……! グレンに鍛えてもらったからだ! グレン、ありがとう!) 己の肉体が逆風に負けないことを、グレンファイヤーの課した特訓の成果だと才人は考えた。 しかしそれだけが理由ではない。 今の才人の心の中に、雪と氷に負けない熱い勇気と使命感が燃えているからだ! 「くッ……けれど、さすがに目を開けてるのは難しいな……!」 足は動いても、目に雪が入ってくるのは防ぎ難い。才人が視界の確保に苦しんでいると、 背にしているデルフリンガーが呼びかけた。 「相棒、俺がジャンボットまでの方角を指示してやらあ。俺には目ン玉がないからな、雪は関係ねえのよ」 「そうか! ありがとう、デルフ!」 「こんくらいのこと、礼を言われるまでもねえぜ」 デルフリンガーのお陰で、方向を見失うことはない。才人は感謝するとともに、デルフリンガーが 一緒にいてくれることでもっと勇気をたぎらせた。 (俺は一人じゃない……! 一人じゃないなら、何だってやれる気分だ!) だが、雪中を突き進む才人にガンダーが容赦なく襲いかかってきた! 「プップロオオオオオオ!」 「相棒危ねえ! 伏せろッ!」 デルフリンガーの指示でその場に身をかがめる才人。ガンダーがその上スレスレを通り過ぎていく。 『サイト!?』 『くそッ、あの野郎サイトを……!』 ミラーナイトとグレンファイヤーは、才人が外に出ていることに驚き、彼を狙うガンダーをにらみつけた。 しかしレイキュバス、シーグラの猛攻をしのぐのに手いっぱいで、彼を助けに行くことは出来ない。 「プップロオオオオオオ!」 着地したガンダーはなおも才人をつけ狙う。 巨大怪獣に狙われ、追われる恐怖。それは生身の人間には耐えられないほどの、大きすぎる恐怖だ。 心臓が張り裂けてもおかしくないような。 しかし才人は立ち止まらない! 「相棒、走り続けろ! ジャンボットのとこまでたどりつけりゃあ勝ちだ!」 「言われるまでもないぜ!」 才人の勇気は、巨大な恐怖を打ち払うほどに強くなっているのだ! そして才人は走る。執拗に追ってくるガンダーが振り下ろす爪を、吐き出す冷凍ブレスをギリギリの ところでかわし続けながら。一歩間違ったら即あの世行きの、あまりにも危ない橋。その上を駆け抜けていく。 苦しくない訳がない。無理のある回避行動を取りながら前に進むので、脚はパンパン、筋繊維は悲鳴を上げる。 心臓は物理的に破れそうだ。だがその苦しみを、腹にくくった思い一つで抑えつける。 「負けるか……! 人間はッ! お前たちなんかに負けなぁぁぁぁいッ!」 そうして気がついた時には――横たわったジャンボットの顔が目前にあった! 才人は即座にジャンボットに呼びかける。 「ジャンボット! 意識はあるか!?」 『サ、サイトか……!? よくここまで……』 「俺をお前のコックピットに入れてくれ! その力を……俺に貸してくれッ!」 才人の言葉が届き、ジャンボットになけなしの力が宿った。 『力を借りるのは、私の方だッ!』 転送光線が才人を包み、次の瞬間には才人の身体はジャンボットのコックピット内にあった。 「プップロオオオオオオ!」 ガンダーは才人を内部に収めたジャンボットへ詰め寄り、鋭い爪を振り上げる。このままでは、 ジャンボットはズタズタに引き裂かれておしまいだ! しかしその直前、コックピットの中央に立った才人がファイティングポーズを取り、力いっぱいに叫んだ! 「ジャァァァンッ! ファァァァァァァァァイトッ!!」 ガンダーの爪が振り下ろされる! ……その顔面に、ジャンボットの鉄拳がめり込んだ! 「プップロオオオオオオ!」 仰向けに傾き、雪の上に倒れ込むガンダー。それとは反対に、鋼鉄のボディと『心』を持った武人は身を起こした! 『うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!』 システム再起動。回路は瞬時に正常に戻り、黄色い眼に光が灯る! 「行こう、ジャンボット! みんなを救いにッ!!」 冷凍怪獣にも消すことの出来ない勇気の炎を内にしたジャンボットが、雄々しき機体を立ち上がらせたのだ! 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第七話 がんばれ!未来の三ツ星シェフ (前編) 再生怪獣 ライブキング 登場! 「相談? おれたちにか」 新学期が始まってから二週間半が過ぎたある日、夕食を終わらせて、あとの放課後を 特にすることもなくギーシュやモンモランシーといっしょに、夏休みの思い出話をしていた 才人たちに、突然リュリュが相談を持ちかけてきたのが始まりだった。 「なんなりと言ってくれたまえ。レディに相談を持ちかけられて、断ってはグラモン家の名折れ、 積もる話もあることだし、向こうでゆっくりと二人で……」 「なにをする気なのかしら?」 「え? あ、まっ、ごぼぐげごぼっ!」 まあさっそくギーシュがいつもの悪いくせを出して、モンモランシーの作った魔法の水の玉の 中で溺れているが、自業自得なので才人もルイズもしらけた視線でだけ見ている。 「さてと、バカのおかげでいきなり話が横道に逸れたけど、多分学院で一番多忙な生徒の あなたがわざわざ来るってことは、ただごとじゃないようね」 溺死寸前のところでギーシュをずぶ濡れで放り出したモンモランシーは、水もしたたるが 全然いい男ではない一応の恋人に一瞥もくれずに、今となっては戦友ともいえるリュリュに、 真摯な態度で向き合った。 「ありがとうございますモンモランシーさん。実は、少し言いにくいことなんですが……」 「なによ、いっしょに死線をくぐった仲じゃない。脳みそがお花畑のあのバカはほっといて、 できることなら力になるわよ。人に聞かれたくない話なら、わたしの部屋に行く?」 「いいえ、できればルイズさんや、平民のサイトさんにも聞いてほしいんです」 そう言われて、才人とルイズは平民の才人にも聞いてほしいとはどういう話かと怪訝な 表情になったが、日夜寝る間も惜しんで修行に励んでいるリュリュのことは聞き及んでいたので、 文句を言わずに了承した。 「おれで役に立てるかはわかんないけど、相談に乗るくらいはいつでもいいぜ。ここだけの 話だけど、君のクックベリーパイのおかげで最近ルイズの機嫌がよくてね。おこぼれに あずかって、おれの食卓も豪華になってきたんだ」 「サイト、なにひそひそ話してるの? わたしもね、あんたみたいにひたむきな人は嫌いじゃ ないから力になってあげる。そういえば、今日のクックベリーパイも絶品だったわよ。また腕を 上げてきたんじゃない」 「ええ、ありがとうございます。ルイズさん……でも」 ご機嫌なルイズの賛辞にも、リュリュは暗い態度のままでぽつりとつぶやいた。 「実はわたし、料理人としての自信がなくなってきたんです」 まったく予想していなかったその言葉に、聞いていた全員が「ええっ!?」と驚いた。考えるまでもなく、 彼女の料理の腕はここで修行するようになってから、短期間ではあるが上達こそすれ問題が あるようには思えなかった。特にルイズは、今日も三枚もパイを平らげただけに、食べられなく なるのではと必死でリュリュに詰め寄った。 「リュリュ、なにがあったかは知らないけど、あなたの腕はもう小さな店をもってたって不思議じゃない レベルにまできてるわよ。このわたしの舌がそう言ってるんだから間違いないわ! だから元気出して、 あなたがいなくなると困るのよ!」 「あ、ありがとうございますルイズさん、でも」 「おいおい、まだ話もろくに聞いてないのにそんなに迫るなよ。つか目が血走ってるぞ」 興奮したルイズに詰め寄られて困ってしまっているリュリュに、才人が助け舟を出してルイズを 落ち着かせると、リュリュはほっとして話を続けた。 「みなさんが、わたしの……わたしたちの作ってくれたお料理を楽しみにしてくださっているのは、 とてもありがたく思います。けれど、皆さんに楽しく食卓を囲んでいただこうと思って、無理を言って デザートを付け加えさせていただいても、ほかの方々には……」 「どういうことだい? 話が見えないが」 はてな、とでもいうふうにギーシュが両手を横に広げてジェスチャーをとると、リュリュは 「ちょっと来てみていただけますか?」と、一同を厨房の裏手に案内した。 するとそこには、強烈な異臭とともに、うず高い極彩色の小山が築かれていた。 「うっ! これは」 「げほげほっ! ひどい匂い」 「ざ、残飯の山じゃないかい」 一同はその生ゴミの山からただようすさまじい悪臭に、のどや口を押さえて慌てて距離をとった。 ただ、一〇メイルほど離れても、その臭いはまだ漂ってきて、周りにはさっそくカラスやネズミなどが 群がって凄惨な光景を見せていた。 「こ、これが見せたいものってこと?」 モンモランシーが手持ちの香水を消臭剤代わりに水魔法で薄めてばらまき、やっと臭いが少しは 収まると、リュリュは悲しそうに首を縦に振った。 「これが、今日一日に出た分の……食堂の食べ残しです。わたしたちがいくらがんばってお料理を 作っても、ほとんどの方々は充分に手をつけずに残していってしまいます」 見ると、リュリュのクックベリーパイも、残飯の山に大量に埋もれて無残な姿をさらしていた。 「量も味も、毎日のメニューも、毎日きちんとみんな考えて、飽きないように、健康に過ごせるようにと、 料理長もみんなも、いつも真剣なんです。なのに、どうして……」 心底つらそうに、とつとつと告白するリュリュのうつむいた顔を、四人のうちの誰もまともに見ることは できなかった。それは、誰にでも好き嫌いはあるのだし、アレルギーなどでどうしても食べられないものが ある人もいるのだから、残飯が出るのはどうしても避けられない。けれども、この量は…… 「少しでしたら、あとは家畜のえさにすれば無駄にはなりません。でも、これだけ多いと全部ごみに 出すしかないんです」 リュリュの言葉を聞きながら、才人はじわじわと真綿で首を絞められているような息苦しさを感じた。 食い物を粗末にすることは、ルイズに召喚された当時に、犬のえさのような食事しかもらえずに、 ずいぶんひもじい思いをした経験から腹は立つ。しかし、だからといって自分も地球にいたころは ジャンクフードやカップラーメンの食べすぎで、夕食にせっかく母が作ってくれた料理を、たいして 食べられずに生ゴミにしてしまったことが一度や二度ではない。 恐らく、この学院にかよう生徒たちも似たようなものなのだろうと才人は思った。毎日見ていることだが、 朝食から鳥のローストなどが出るようなのが魔法学院の食卓なのだ。そりゃあ、どうしたって食べきれずに 残すものが出てきてもおかしくはない。ただ、それなら量を減らせばといえばそんな単純なことではない。 飽食に慣れた貴族たちに、明日からいきなり食事の量を半分にするといったって聞き分けられる はずはないし、才人だって昔ならば、いきなり米の飯から、明日から粟やひえやめざしだけ食えと 言われれば腹を立てただろう。 なによりも、コックたちは全員平民であるから貴族に対して文句を言えない。生徒の中にはそれを いいことに、菓子やらワインやらを自室に持ち込んで偏食している者もいるだろう。さらには、それを 指導する教師もここにはいないのだ。 それでも、ルイズは厳しくしつけられて育ったために、ディナーもまともに食べられないほかの生徒に 憤りを覚え、その反面貧乏貴族の出で、食えないことはないが飽食とは程遠い生活を送ってきた ギーシュとモンモランシーも憮然として見ていた。 「まさか、毎日こんなに残飯が出ていたなんて知らなかったよ」 「こりゃあ、自信をなくすのも当然ねえ」 洞窟で三日間飢えて過ごした二人にとって、それは笑ってすごせる問題ではなかった。特に モンモランシーのほうは、自作の香水を売って小遣い稼ぎなどをしているので、自信作の香水が まったく売れなかったときの苦い記憶が重なって、リュリュの気持ちがよくわかった。 「わたしの夢は、万人が平等に美食を楽しんでいただけるようになることで、それは貴族の人たちも 例外ではありません。けれど、美食を追及していくと、人は食べ物への感謝を忘れるようになる。 わたしも、昔はおいしいものをたらふく食べて育ったから、えらそうなことはいえませんが…… わたしの考えは、間違っているんでしょうか」 空気は人間が生きるのに必要なものだが、空気をありがたいものだと感じる人間は少ない。 それは空気がそこらじゅうにごく当たり前にあるからだ。ならば、食べるものが当たり前に ある人たちに、食べることの幸せを伝えようとするリュリュの夢は通じないのだろうか。 四人はそれぞれリュリュの夢の純粋さも、ひたむきさも、その原動力となった優しさも理解しただけに、 無責任な否定や慰めの言葉を口から出すことはできなかった。それでも、いろいろ思うところはあったが、 まさか全校生徒に注意するというわけにもいかないし、ほかにいい方法も浮かばない。 結局、悲しみにしずむリュリュを四人で慰めると、その日は彼女と別れて終わった。 「皆さん、今日はどうもありがとうございました。お話したら、少し楽になった気がします」 身分が下の才人にまで、ぺこりと礼儀正しくおじぎをして帰っていくリュリュの後姿は、とても痛々しく見えた。 その光景を、屋根の上から一羽の小さな白い鳥が眺めていたのを、誰も気づいてはいない。 だが、異変はその翌日に唐突に厨房の一角から始まった。 早朝、学院の朝食を用意するために、まだ日の昇らない暗い内に起きだしてきたコックたちは、 道具を洗浄し、かまどのおき火に風を入れて、日常のとおりに料理にかかろうとした。 それなのに、準備が整ったのにいつまで経っても食材が運び込まれてこないので、マルトーたちが 不審がりはじめたとき、今日の厨房手伝いの当番だったシエスタが血相を変えて飛び込んできた。 「た、大変です! 一大事です。大事件です!」 大急ぎでここまで走ってきたのだろう。エプロンのすそを泥で汚して、息せき切って駆け込んできた シエスタを、マルトーはとりあえず落ち着けと息を整えさせると、なにがあったのかと改めて問いかけた。 「た、大変なんですよぉ! し、食料庫の食べ物が全部なくなっちゃってたんです!」 「なんだとぉ!?」 食堂の全員が仕事を忘れてシエスタに詰め寄り、どういうことなんだと問いただしたあとに、そろって まだ夜闇が濃い道を走って食料庫に駆けつけると、扉の前にはシエスタといっしょに行った使用人たちや コックが呆然とした様子で立っていて、中を覗き込んだ一同は例外なく愕然とした。 「なっ……!」 食料庫が……学院生数百人分の一週間分の食材を余裕で保存しておける、高さ五メイル、横幅 奥行き五十メートルほどもある巨大な食料倉庫が、ものの見事にすっからかんになっていた。 どれだけ見渡しても、うずたかく積み上げられていた小麦粉の袋や、肉や野菜を詰め込んであった 木箱も一つたりとて見当たらない。 「どっ、どっ、泥棒だぁぁーっ!」 それから魔法学院は、叩き起こしたオスマン学院長に報告が上がるや否や、蜂をついたような 大騒ぎとなった。 なにせ、隠しておけるような事件ではない。学院の食料が根こそぎ消えるという前代未聞の 出来事に、すぐさま全教員が招集されて調査がおこなわれるあいだ食堂近辺は立ち入り禁止 とされて、朝食がなくなるとわかった生徒たちは騒ぎ始めた。 「メシ抜きってどういうことだ!」 「食料庫に泥棒が入ったって? 警備の連中はなにをしていたんだ」 「この学院に泥棒って、まさかまたあの土くれのフーケみたいな奴がか」 「いや、おれは厨房で火事があったって聞いたぞ」 「コックどもはなにをしてるんだ、これだから平民は」 憶測や噂がデマを拡大させ、騒ぎの無秩序な拡大を恐れたロングビルらによって、全校生徒は 許可が出るまで寮から出ることを禁止し、自室で待機を命じられて、ようやく騒ぎは一応の沈静を見た。 が、肝心の問題の解決はこれからであった。 「ともかく、この魔法学院に賊が入るとは一大事じゃ。こんな不名誉を放置しておくわけにはいかん、 全教師の誇りにかけて犯人を捕らえねばならん。もし、取り逃すようなことがあれば、我ら全員 減俸程度ではすまん事態になるぞ!」 オスマンが集まった教師たち全員を一喝して、ただちに捜査が開始された。 なにせ、名誉を何よりも重んじる貴族たちのことであるから、自分の勤めているところでの失態は その後の職歴に大きく響く反面、ここで賊を捕らえて手柄をあげれば小は昇給から、大は王都への 転勤にも一歩近づく。そのどちらにも興味のない例外はカリーヌとコルベールの二人くらいだ。 そうして、保身から野心までいろいろあれど、最低でもトライアングルクラスのメイジ数十人を もってして、捜査は数時間にわたって行われた。けれども……彼らの必死の努力もむなしく、 犯人の有力な手がかりらしきものは発見することはできなかった。 「これだけのメイジがそろっていながら、情けないものじゃのう」 失望しきったようなオスマンの言葉に、一人の教師が言い訳するように調査結果を報告したが、 それで事態が好転するわけではなく、無力感を味わった彼らは、すごすごとすきっ腹を抱えて 引き返していくしかなかった。 「やれやれ、普段生徒たちに言っていることの半分も自分ができればこんなみじめな思いは しなくてもすむまいに。まあ、連中にはよい薬か。それでカリーヌくん、君から見て、この事件は どう思うね?」 オスマンは、教師たちが立ち去っていった後に、ただ一人表情を変えずにじっと立っていた カリーヌに質問した。なお、オスマンはカリーヌの前歴をルイズたち以外に知っているただ一人の 教師である。 「少なくとも、あの連中の手には負えないでしょう。これは、どうもただの人間の仕業とは思えません」 カリーヌは、烈風と呼ばれていたマンティコア隊時代の表情になって、集めてきた資料に 目を通すと言った。 まず、昨日の夕食のとき食料庫は数人の使用人とコックが確認しているが、そのときには まったく異常はなかったので、犯行時間はそれから明け方までのあいだ。 犯人の候補としては、盗られたものの量から大規模な盗賊団が想定されたが、これが 早々に暗礁に乗り上げた。 なぜなら、数百人分の食料を一夜で運び去るには、当然それなりの人数と装備がいるが、 あの土くれのフーケ事件以降警備もそれなりに強化されていて、正門の当直の教師は おろか、セリザワほかの数十人の警備員も夜通し見回りをしており、それらにまったく 気づかれずに学院に侵入することはまず不可能。つまり外部からの人間の線は薄い。 ならばと、根性の曲がった教師の何人かはコックたちの自作自演の狂言を疑ったが、 食料庫が昨日まで満載であったのは警備員も確認しており、なによりもそれほどの重量物を 運んだのなら食料庫前に荷車の跡くらいはつくはずだがそんな形跡はなく、リュリュ以外は 全員平民のコックたちにそんな芸当はできない。 外部の人間ではなく、平民にも無理、そうなればこの学院に通う生徒たちが疑われたが、 これは馬鹿馬鹿しいとして一蹴された。そんなものすごい真似、教師である自分たちでさえ 不可能なのだから。 ともかく、食料庫の鍵は壊されておらず、倉庫の壁や天井にも壊されたりした形跡はなく、 ディテクトマジックで徹底的に調べた結果、教師たちは未知なるメイジの仕業と断言したが…… それが限界であった。 「彼らは、ものごとを自分の常識の範囲内でしか見ていません。不可能と思われるなら、 その不可能を可能にする方法を考えもしない。よくもまあ、あれで堂々と教師と名乗れるものです」 「うーむ、耳の痛いことじゃ……わしもあと六〇年若ければ。いやあ、こんなポンコツはもう さっさと隠居すべきなのじゃが、跡継ぎを決めないままだらだらとやってきてしまって、 今じゃあもうやめるにやめられん。まあ、年寄りのぐちはともかくとして、やはりこれは手だれの メイジによる盗賊団だと思うかね?」 「知らせを聞いてからすぐに私の使い魔に、この学院の四方二〇リーグを索敵させましたが、 怪しい一団の影など皆無でした。空を飛んだにせよ、あれほどの重量物をもって早々遠くには 逃げられません」 「ではやはり、生徒か教師の仕業じゃと?」 「いえ、始業式から今日まで、学院の生徒はほぼ見尽くしましたが、それほどの実力者は おりませんでした。教師は論外です」 「まあ、君の若い頃に比べたら、この学院の全員がたばになっても敵うまい。が、まさか 食料がなにもなく蒸発してしまったとは思えん。それに、食事ができなくては授業どころでも ないしの。困ったものじゃ」 ため息を軽くついて、いかにも困ったしぐさをするオスマンは、不思議とどこか楽しそうにも見えた。 錯覚かもしれないが、カリーヌにはその何事にも他人事のように平然としている神経の太さが 少しうらやましく見えた。 「それで、学院長はこの件をどうなさるつもりですか?」 「そうじゃの。ことが公になったら大恥じゃし、衛士隊には通報せずにこちらで処理しよう。 まあこれから当分学院全員メシ抜きじゃが、自分の尻拭いくらいは自分でせんとな」 「学院長もお人が悪い……では、私も独自に調査を続けさせていただきますので、これで」 カリーヌは、オスマンの真意を完全には理解できなかったが、カリーヌも今は教師であるので 学院で起きた事件を放っておくわけにはいかなかった。 だがどうにも、普通の事件とは思いがたい。はっきりした証拠はないが、若い頃から人間以外の 化け物とも数多く戦ってきた経験が、この事件をなめるなと警告してくる。現役を退いてから、 長いこと感じていなかった感覚だ。 それにしても、この自分の目すらごまかして、数百人の一週間分の食料を盗むとはどんな 方法をとったのか? そして、なぜ宝物庫などを無視して食料を狙ったのか……犯人の意図は、 皆目見当がつかなかった。 さらに、現実的な問題として、週に一回運び込まれる食料が次に来る日は五日後、急いで 発注しても三日はかかる。それまで、生徒たちが空腹に耐えられるか。 カリーヌの懸念は、時を置かずして現実のものとなった。午後になって、外出禁止令はとりあえず 解除され、本日の授業はすべて中止されることが発表されると、事情を知った生徒たちは 朝食に続いて昼食、さらに夕食も出ないという事態に騒ぎ始めたのだ。 「メシが出ないってどういうことだ! 学費はちゃんと払ってるんだぞ」 「役立たずの警備の連中を出せ、おれが制裁をくわえてやる!」 「そういやお前、先生に黙って部屋にエクレア持ち込んでたな。黙っててやるから少しよこせよ」 「お前こそ、実家から送ってきたワイン隠してるんだろ? 知らないと思ってるのか」 空腹が理性を麻痺させ、醜い争いがあちこちで起こっていた。 怒りの矛先を求める者、わずかな食料を奪い合おうとする者、とかく空腹を味わったことのない 若者たちはこれに弱かった。 けんかの仲裁をしながら、この学院にいる才人以外のもう一人の地球人、セリザワ・カズヤは ぽつりとつぶやいた。 「人間というものは、どこでもたいして変わらないものだな」 今、この学院で起きていることは決してここだけの特別なことではない。地球でも、かつて 肉を狙って現れる火山怪鳥バードンの目を逃れるために、肉や魚を外に出すことが禁じられた ときや、宇宙大怪獣ムルロアによって太陽光線がさえぎられ、光に集まってくるムルロアや 宇宙蛾の大群によって流通が麻痺し、食料不足が起きたときには似たようなことが起きている。 さらにいえば、トイレットペーパーがなくなるからといってスーパーに大挙して押し寄せた 主婦たちの話も、心理的に見れば同類である。後世から見たら、馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、 未来を予知することのできない人間は恐怖に対して屈しやすく、冷静さをすぐに失ってしまう。 そうしたところでは、地球人もハルケギニアの人間も、なんら変わるところはなかった。 騒ぎから離れていたのは、才人やルイズなどを含めてごく少数だけである。 「まったく食い物の恨みは恐ろしいって、昔の人はよく言ったもんだな」 「あんた、よく平然としてられるわね」 「メシ抜きは誰かさんのおかげで慣れてるからな。お前こそ、けっこう我慢強いな」 「貴族たるものが、無様に人前でわめき散らすものじゃないわ。でも、黙って見ているのもなんでしょうね」 二人は、ギーシュやモンモランシーなどといっしょに、興奮している友人たちをなだめてまわった。 同調したのは、ルイズに対抗して意地を張っているキュルケや、忍耐力の強いタバサなど数名。 彼らはつかみ合っている同級生たちを力づくで引き剥がしたり、水をぶっかけて気を落ち着かせたりと いろいろしてまわった。 「レイナールにギムリ、普段仲のよい君たちまでこんな騒ぎに加わるとは、情けない限りだな」 「ごめん、おなかが減って、ついカーッとしてしまって……」 「おれも、イライラしてて……悪かったなレイナール」 暴れたくなる気持ちもわかる。ギーシュも身をもって彼らと同じ気持ちを味わったのだから。 いや、だからこそ友人たちが醜い争いを続けているのを黙視することはできない。落ち着かせた 二人も加えて、ときには殴られ、蹴られながらも彼らはけんかの仲裁を続けた。 それでも、学院全体で見れば氷山の一角である。騒動がエスカレートし、ついには魔法を使っての 暴動に発展しかけたときだった。 突然、学院を覆い尽くすほどの巨大な影が学院全体を包み込み、誰もが空を見上げたとき、 そこには四〇メートル以上の巨鳥が羽ばたきながら、こちらを見下ろしていたのである。 「静まれ! 国の未来の名誉をになうべき学院生が、この無様な姿はなんだ! 恥を知れ」 巨鳥の肩口から響いてきたよく通る声に、生徒たちは聞き覚えがあった。 「ヴァリエール先生……」 聞く者に絶対的な畏怖を植えつける、威厳と威圧感をかねそろえた声、そしてそれを放つ 見間違えようもない桃色がかった長いプロンドの髪を風になびかせる女傑の姿。 「見苦しいものだ。お前たち、今の自分の姿を鏡で見てみろ。それに考えてみろ、故郷の 両親や兄弟が今のお前たちを見て、どう思うかを」 厳しい口調で叱りつけられて、生徒たちの幾割かは正気を取り戻し、自分の醜態に 気がついてうつむいた。 「頭を冷やせ。たとえ何もないものでも、常に自分のしていることは誰かに見られているということを 忘れるな。空腹の苦しさはわかるが、貴族以前に人間としての礼節を簡単に捨てるな。将来 国のために奉仕するつもりならば、苦しいときこそ歯を食いしばって耐えて見せろ!」 一声をもって数百の人間を畏怖させる胆力、カリーヌは容姿こそルイズを鋭角に成長させた ものであるが、内面に関しては数十年の歳の差以上に、文字通り大人と子供の差があった。 それでも、「ゼロのルイズの母親がなにをえらそうに」と、一部の生徒に反感が見えたので、 カリーヌは中庭に大きな雷を一発叩き落して見せた。 「わたしとて今朝から何も口にしてはおらん。空腹は皆平等だ、自分だけが苦しいと思うな。 これ以上に苦しいことなど、世にいくらでもあるぞ。だがどうしても暴れたいというのであれば、 こやつも腹を空かせているから胃袋の中でいくらでも暴れさせてやる。それでもいいか?」 ラルゲユウスの野太い鳴き声が響き渡ったとき、もう逆らう生徒も教師も一人もいはしなかった。 「よろしい。ならば全員、追って指示があるまで校内で待機せよ。心配せずとも一日や二日 食わなくても人は死なん。根性で乗り切れ」 その言葉を最後に、カリーヌはラルゲユウスの肩から地上に飛び降りると、ラルゲユウスを 文鳥サイズに縮小させて自分の肩に止まらせ、唖然と見守る生徒たちのあいだを悠然と 校舎の中へと消えていった。 なにもかもあっという間で、冷水をかけられたように静まり返った生徒たちは、一人、また一人と 寮の中へと消えていき、残された才人やルイズたちは、相変わらずのカリーヌの絶対的な 支配力に、あらためて恐れを抱いていた。 「おれの学校にも、あんな怖い先生は何人かいたけど……さすが、格ってものが違うな」 「だから言ったでしょ。のんきにしてられるのは、今のうちだけだって」 眠れる獅子を目覚めさせてしまったら、眼前の羊はただ恐れおののくしかない。あれだけ 無秩序に争っていた生徒たちも、カリーヌの前では牧場の羊と同然だった。 同じ教師でも、オスマンやコルベールのような温厚さとは別格に、彼女は力と恐怖で生徒を 従わせる。その、尊敬や信頼を求めることのない厳格な態度に、才人とルイズは鉄の規律を モットーとした『烈風』カリンの在りし日の一端を見た気がした。 でも、それは必要なものなのかもしれないとも、心のどこかで二人は思った。温厚な教師の 甘さや優しさだけでは、子供は育てられない。彼らのように、大人と子供の中間点にある 未成熟な若者たちには、屁理屈をこねることを許さずに、世の理を叩き込むそんな存在が。 元々教師と生徒は上下関係にあることが当たり前なのだから。 やがて日は落ち、事件はなんの伸展も見せないままで、生徒も教師も水やワインで 空腹を紛らわせて、やっと眠りに着いた。 けれども翌日になっても、事態はいっこうに変わることはなく、食料庫は空のままで食堂には 朝から誰一人立つことはなく、武士は食わねど高楊枝を決め込んでいた者たちも、動けば なお腹が減るだけと、自室にこもって水っ腹で空腹をごまかして寝込んでいた。 「魔法学院が、ここまでもろかったなんてね」 窓から静まり返った学院を見渡して、ルイズは憮然とつぶやいた。たかが食事を一日 抜いただけで、盗賊も恐れて近づかないという魔法学院がまるでゴーストタウンのように なってしまった。 「まあ丸一日メシ抜きなんて、この学院のほとんどの連中にとっちゃ初めての経験だろうしな。 ラッキーなのはエレオノールさんか、こういうタイミングに限ってアカデミーに帰ってて いないんだもんなあ」 「むしろ空腹のあげくに地が出るほうが恐ろしいわよ。はぁ……」 二人とも、しゃべるのもめんどうくさいが、黙っていても気がめいるような、そんな気分だった。 しかも、悪いことに事件捜査にあたっている教師たちも大半がすでにまいってしまっていて、 捜査は見事にストップしている。つまり、かろうじてあった犯人から食料を奪い返すという 可能性は、現在のところほぼゼロ。 ちなみに、街まで食べに行くという選択肢もない。食料が戻り次第授業は再開するという 建前なので、無断外出したら単位に響く。第一、何時間も馬を操って街まで行く体力、 いいや気力がほとんどの者には残っていない。 「ああもう我慢できない! サイト、行くわよ」 「行くって、お前どこに」 「体力が残ってるうちに、犯人をふん捕まえて食料を取り返すのよ。さっさと来なさい!」 どうやら意地を張っていたルイズも限界が近いらしい。才人は一瞬躊躇したが、どのみち このままではあと二日なんてとても持たないだろう。ならば、ルイズの言うとおり、体力に 余裕のあるうちに。 「わかった。こんな探偵みたいな真似はじめてだけど、おれもメシは食いたいからな。 でも、二人だけじゃどうにもならないから、何人かには声をかけていこう」 人手は捜査にせよ、犯人を捕まえるにせよ多いほうがいい。水精霊騎士隊のほとんどは ゾンビ状態になっていて役に立たなかったが、ギーシュとモンモランシーだけは、香水作りに 使う薬草の中で食用になるもので飢えをしのいでいたので仲間にいれ、ついで当時の 状況や食料庫のことに詳しいシエスタに助力を求めに行った。 「喜んで行かせていただきます。サイトさんのお役に立てさせてください」 欲をいえばリュリュにも来てほしかったが、彼女は食堂のコックたちといっしょに近隣の 村に食料の買出しに出かけたという。彼女自身も空腹で大変だろうに、頭が下がる。 けれど、魔法学院の周りにあるのは小村ばかりなので、正直期待はできない。 それから一同は、シエスタの摘んできた野草の雑炊で少しだけ空腹をごまかすと、 憎き食料泥棒を捕まえるために行動を開始した。 ただし、その直後に。 「なになに? なんか面白そうなことがはじまるの?」 こういうことへの嗅覚だけは鋭いキュルケが、例によって読書中だったタバサを引き連れて 参加してきたことによって、ちょっとした少年少女探偵団ができてしまった。 「キュルケ、なんであんたはそんなに元気なのよ?」 「ふふーん、別に。ちょっと男友達数人にお願いしたら、君のためならってお菓子やパンを 持ってきてくれただけよ」 「ちっ、相変わらずうちの男子どもはバカばっかりなんだから……まあ、あんたでも いないよりはましね」 「あなたこそ、相変わらず素直じゃないわね。ありがたいならはっきりと言えばいいのに。 さて、それじゃどこから調べる?」 「え?」 そこでルイズはやっと、自分が勢いだけで飛び出してきたことに気がついて間抜けな 声を出してしまった。頭の回転は人一倍速く、聡明な頭脳も短気では役に立たない。 しょうがないので一同は、いい案はあるかということで考え込んだが、すでに教師連が じっくりと調べたあとだったので、そういい方法も浮かんでこなかった。ただし、捜査に 行き詰ったときには基本がある。 「やっぱり、現場一〇〇ぺんかな」 刑事ドラマの基本中の基本、捜査に行き詰ったら現場に返れ。とりあえずほかに やることもないし、一同はシエスタの案内で、食料盗難事件の現場となった食料庫に やってきて、なにか見落とされたものはないかと調べることにした。 「がらんどうか、まあ当然のことだけどね」 地球でいうなら、小学校の体育館くらいの広さのある食料庫は、明り取りの天窓から 差し込む光が直接土の床を照らして、わずかにかびくさい臭いがつんとするだけで、 今ではネズミもゴキブリも引っ越してしまって、この上なく殺風景であった。 「ここに満載されていた食料を一晩で、いったい犯人はどんな手を使ったんだろうか?」 「それをこれから調べるんでしょ。ほら、みんなで手分けするわよ」 七人はバラバラに散って、それぞれ思い思いに調べ始めた。 壁を叩いて音を聞き、天窓に細工がされてないか、どこかに秘密の抜け道がないか。 「まさか使い魔になって探偵の真似事するとは思わなかったぜ」 才人はそうつぶやいたが、探偵は少年が将来なりたい職業のトップ10に頻繁に ランキングされるあこがれの職業だから気分は悪くなく、子供の頃に探偵ごっこや スパイごっこをしたワクワク感を思い出していた。 その点では、ギーシュや、ルイズたち女子も同じようなもので、幼い頃に自分だけの 秘密基地を野っ原や木の上、ベッドの下などに作ったときのような気分で、なんの変哲も ない壁や天井を熱心になって調べ上げた。 とはいえ、あくまで素人調査であるから都合よく手がかりが見つかるはずもなく、 三十分もするころには全員があきらめてしまっていた。 「だめねこりゃ。天窓も通風孔もまったく異常なし、犯人は幽霊かしらねえ」 ディテクトマジックをかけ疲れて、なかばやけくそ気味で言ったモンモランシーの言葉に 積極的な反論をする者はいなかった。食料庫の中は、空調がしっかりしていて夏の 日中でも涼しかったが、誰の額にも汗が浮いている。 「シエスタ、当日はきちんと扉にはカギがかかってたんだよな」 「はい、専用のカギ以外では外せない、対魔法の仕掛けが施された頑丈な錠前が 二つかけられてました」 「つまり、食料庫は完全に密室だったわけだ。犯人はどんなトリックを使ったのだろうか」 密室トリックは推理小説の定番で、もっとも読者の探究心をくすぐる分野だ。 才人はあごに手を当てて、パイプがあったらいかにもシャーロック・ホームズみたいな しぐさをとったが、当然意味のわからないルイズたちは怪訝な顔をするだけだった。 と、そのときだった。輪になっている一同の真ん中の地面が急に盛り上がったかと 思うと、土の中からぴょこりとでっかいモグラが顔を出した。 「ヴェルダンデ! おお、ぼくの可愛いヴェルダンデじゃないか」 「ヴェルダンデって……ああ」 その大モグラにギーシュが飛びついてほお擦りしたので、ルイズたちや、特にモンモランシーは みるからにひいたが、おかげで最近とんと見ていなかったギーシュの使い魔のジャイアント モールのことを思い出した。 「久しぶりだな。あのラグドリアン湖のとき以来か」 今となってはもうずいぶん懐かしい思い出になるが、以前モンモランシーが惚れ薬を 作ろうとして失敗し、なにがどうなっているのかできてしまったハニーゼリオンをなめてしまった ヴェルダンデが巨大化して、中和剤を作るためにラグドリアン湖まで材料をとりにいったことがある。 あれ以来、ギーシュが呼ぶとき以外は地中にいるためにすっかり忘れていたが、 相変わらず主従ともに仲がいいようだ。 「よしよし、相変わらずかわいいなあ君は。そうかいそうかい、落ち込んでるぼくらを 慰めるために出てきてくれたのかい。なんて優しいんだ君は!」 使い魔と主人は意思の疎通ができる。つまりは動物ともある程度話ができるというわけで、 大モグラとじゃれあっている少年というのは傍から見ていたら気味のいいものではないが、 彼らは人の目などは気にも止めずにじゃれあっていた。 「うんうん、君の気持ちはうれしいけど、悪いけどぼくたちはどばどばミミズは食べられないなあ。 ん? なに、話……なんだって!? うん、うん……そうか」 「ギーシュ?」 なにか様子がおかしいので、才人が声をかけてみたら、ギーシュはヴェルダンデとうんうんと うなずきあってから振り返った。 「みんな、ぼくのヴェルダンデがお手柄だ。彼がこのあたりのミミズを食べてたら、ここの 地下をつい最近何者かが通っていったみたいだってさ」 「なんだって!? そうか、地面の下か」 足元とは盲点だった。これだけの荷物を運んだんだから、陸路か空路かと思い込んでいたが、 食料庫の床は土がむき出しなので、穴を掘って入った後に埋めてしまえば証拠は残らない。 おまけにこれなら無理に魔法を使わなくても、誰にだって時間をかければできる。 ともかく、それがわかれば善は急げと、気の短いルイズは空の倉庫によく通る声で叫んだ。 「ようっしゃあ! じゃあさっさと追い詰めるわよ。ギーシュ、案内させなさい」 イライラがつのって爆発寸前のルイズに尻を蹴飛ばされるように、一同は地面を盛り上げながら 驀進していくヴェルダンデを追いかけて走っていった。 「まったく、主人と違って本当に頼りになる使い魔よねえ」 最後尾を追いかけるキュルケがぽつりとつぶやいて、タバサが無言でうなずいたのを、先頭を 走っているギーシュは知らない。 そして、穴の出口を探して走った一同は、普段はあまり人の寄り付かない、外出用の馬が とめてある厩舎の近くにやってきた。 「みんな、この穴だってさ!」 見ると確かに厩舎のそばに直径三メイルほどの真ん丸い穴がぽっかりと口を開いていた。 「そうか、盗賊団はここから穴を使って食料庫に侵入したんだな」 「なるほど、この大きさの穴なら、大きな袋でも簡単に運び込めるわね。けど、この調子じゃ 盗賊団はとっくに逃げちゃってるでしょうね」 キュルケにざっくりと言われて、一同はがっくりと肩を落とした。 けれど、ヴェルダンデの手柄を逃したくないギーシュは肩をいからせて穴の前に立った。 「いいや、諦めるのはまだ早い。まだ穴は残ってるんだ、ひょっとしたらなにか証拠が 残っているかもしれない。ぼくがちょっと探してくるから、君たちはそこで待っていてくれ」 モンモランシーにかっこつけたい気持ちも見え見えなのだが、さすがにキュルケや才人も そこまで突っ込むほど無粋ではない。それに、土系統のメイジのギーシュなら、確かに 土の中はお手の物だし、本当に遺留物の一つでも見つけてくれば追跡の手がかりにはなる。 だが、ギーシュが例によってモンモランシーに言わなくてもいい別れ文句を言っているとき、 才人の耳に聞きなれない声が響いてきた。 『ウハハ……』 「ん? ルイズ、お前何か言ったか?」 「は? なんのこと」 「いや、なんか笑い声みたいなのが聞こえたんだが……」 気のせいかと才人は思うことにしたが、なんとなくあの地の底から響いてくるみたいな 野太く不気味な声が耳に残って忘れられずに気にかかった。 ”そういえば、どうして犯人はこの穴を残したんだろうか” 普通に考えたら、出口も埋めてしまえば追跡を完全に断つことができるのに、ここまで 用意周到な犯人はそれをしていない。完全犯罪には妙に不自然な点が、落ち着いてみたら べったりと才人の気に障った。 穴からはなにやら生暖かく湿った空気が湧いてくる。はじめはこの夏の暑さのせいかと 思ったが、それにしては何か生臭い臭いもする。 今までに培ってきた経験が、才人に危険信号を出している。これはどうもただの穴ではない。 そうして、敵意のこもった目で穴を見下ろしていた才人の目の前で、今まさにギーシュが 飛び込もうとしていた穴が、生き物のように厩舎のほうに向かって五センチほど動いたとき、 反射的に才人は叫んだ。 「ギーシュ! 待て、入るな!」 とっさにギーシュの肩をつかんで、後ろに向かって無理矢理に引き倒すと、才人は なにをするんだと抗議して来るギーシュを無視して、穴の中へ向かって耳をすませた。 『ワハハ……』 やはり、まさかと思ったがそのまさかだった。この笑い声、こいつの仕業と考えれば すべて納得がいく。才人は、青ざめた顔で振り返ると、シエスタに必要なものがあるから とってきてくれと頼みごとをして、一同を穴から下がらせた。 「サイト、どういうこと? なんで穴から逃げなくちゃいけないの」 「あれはただの穴じゃない。あれに食われたらえらいことになるぞ、見ろ!」 ルイズたちも、最初は訳が分からないと不思議がっていたが、シエスタを待っているうちに 穴が生き物のようにじりじりと動くのを見て顔色を変えた。 「な、なんだいありゃ!? 穴が、動くなんて」 「すぐにわかる。とにかく絶対に近づくなよ」 やがてシエスタがおっとりがたなで戻ってきて、才人に食堂でよく見かける小瓶を差し出した。 「サイト、なにその瓶……ん? ふ、ふ……ふえーくしょん! コ、コショウじゃない」 「ああ、見てろ。こいつが犯人だ!」 そう叫ぶと才人はコショウの小瓶のふたをとると、それを穴の中へと投げ入れた。 すると……しばらくしたあとでからっぽになった小瓶が穴から吐き出されてきたかと思うと、 続いて穴の中から猛烈な勢いで蒸気が噴き出し、さらに周囲を激しい揺れが襲い始めた。 「うわあっ! 地震!?」 「まずいわ、みんな逃げましょう!」 慌てて逃げ出した一同の後ろから、土が盛り上がる音とともに奇怪な笑い声が響き始める。 『ワハハハ! フェーックショイ! ワハハハ! フェークシェイ! ブエックション!』 笑い声とくしゃみの混じった珍妙な声を、カモノハシのようなくちばしから響かせ、地中から 姿を現す巨大な怪獣。全身は青緑色で首筋にはいくつもの丸いこぶがついており、 大きく突き出た出っ腹にはぽつんとでべそがついている。 かつてウルトラマンタロウを散々にてこずらせた大怪獣、再生怪獣ライブキングが白昼の 魔法学院に、とてつもなく大きな笑い声をあげて出現した! 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第75話 伝説の勇者たち (前編) 四次元怪獣 トドラ 登場! 異世界ハルケギニアにて、宙に浮かぶ大陸アルビオンの今後一千年の歴史を 左右するであろう最終決戦が、その後ろで糸を引いているものの思惑も含めて 幕を上げようとしている頃、舞台裏では表の大事にも匹敵する特大の異変が 生じていた。 イギリスの事件を解決させ、日本への帰路についた、元GUYS JAPAN隊員 イカルガ・ジョージとカザマ・マリナを乗せた、ヨーロッパ航空101便を、突然の激震が 襲ったとき、偶然か、それともたちの悪い運命であったのか、この一機の超音 旅客機をめぐる、GUYS史上に特筆されて残る事件は始まっていた。 怪獣ジラースとの戦いの疲れもあって、機内で安眠をむさぼっていた ジョージとマリナは、機体を貫いた不気味な振動に目を覚ましていたが、 最初はよくある乱気流にでもぶつかったのではと、あまり気にしなかった。 けれど、次第に窓際の乗客たちが騒ぎ出し、これはただ事ではないなと感づいた。 「どうかしたんでしょうか? なにやら騒がしいですが」 「それが、飛行機の外が突然真っ白になって、なにも見えなくなっちゃったんです」 隣に座っていた、壮齢の女性に何事かを尋ねて答えを得ると、確かに機外の 風景が右を見ても左を見ても白一色に染まっていた。最初は雲の中かと 思ったが、飛行機は普通危険な雲の中は飛ばない。GUYS時代から、キッカー、 レーサーとして培った危険を察知する直感が、背筋を冷たい手でなでられるような 感覚を彼らにもたらしていた。 「マリナ、どうする?」 「待って、まだ異常事態とは限らないわ。もう少し様子を見ましょう」 様子はおかしいが、もしかしたら本当にただ何かしらの理由で雲海を飛んでいる だけかもしれない。だがそのころ、東京国際空港には、ヨーロッパ航空101便からの SOSが届いていたのだ。 「こちら101便、トウキョウコントロール、当機の位置を教えられたし」 「ディスイズトウキョウコントロール、101便、そちらの位置はこちらのレーダーには 映っていない」 「そんな馬鹿な、こちらはすでに日本の領空に入っているはずだ。高度も七〇〇〇は あるはず、映らないはずはない!」 「本当だ、こちらもロストしたそちらを探しているが、いまだに発見できない。 周りになにか見えないのか?」 「それが、周り中濃い雲に覆われてしまって、どこまで行っても切れ目がないんだ。 おまけに、高度計がいかれてしまって、上昇も下降もできないし、GPSにも 反応がない。なんとかしてくれ」 悲鳴のような101便からの救助要請に、管制官はすぐにでも救難隊を差し向け たかったが、位置がつかめないのではどうしようもなかった。 「ともかく落ち着いて、状況と位置の把握に努めろ、無線が通じるということは 日本近辺のどこかにいるはずだ。こちらも至急対策を考える」 そうは言ったものの、管制官にできることは上司に報告し、引き続き101便の 行方を捜索するくらいしかなかった。 しかし、そうしているうちにも101便が東京国際空港に到着している時間は 迫ってきて、乗客たちも異常事態に気づき始めていた。 「おいどうなっているんだ、もう空港についていていいはずじゃないか!」 「今どこを飛んでるんだ? 本当に日本に着くんだろうな!」 乗客が不安のあまりにスチュワーデスに詰め寄り始めている。もちろん、 ただの客室乗務員に事態を解決できるはずはないのだが、冷静な判断力を 失いかけている乗客はわからない。 ジョージとマリナも、もう普通ではないのは確実だと席を立とうとしたが、 二人が立とうとしたときに、逆隣に座っていた親子の、三歳くらいの男の子が 大声で泣き出してしまった。 「ああ、どうしたのひろくん、泣かないでね、よしよし」 母親が泣き喚く子供をあやそうと頑張っているが、子供はこの場の殺気立った 空気を怖がっているので、なかなか泣き止んでくれない。マリナは、このまま いこうかどうか迷ったが、そのとき親子の反対側の窓際に座っていたざんばら髪の 山登りをしてきたようなかっこうをしたおじさんが、リュックから茶色くて先っぽが 筆のようになった大きな棒を取り出して、泣く子供の鼻先をこちょこちょとくすぐった。 「ほらほらぼうや、これ見てみい。これはな、ライオンの尻尾なんやで、これで 頭をなでるとな、強い子になれるんや、だからぼうやも泣くのやめ」 うさんくさい関西弁で、その山男みたいなおじさんはニッと歯を見せながら、 男の子に笑いかけると、男の子は最初びっくりしたようだったが、ライオンの 尻尾と聞いて興味を持ったようで、おそるおそるもじゃもじゃに手を出した。 「ライオンの尻尾? ほんとに」 「ああ本当や、おじさんは世界中を冒険しててな、アフリカで秘境探検の末に 原住民の長老からこれをもろたんや。古代の魔力がこもったすごいもんなんやで、 だから、これでなでられたぼうやはもう強い子や、強い子は、泣いたりへんよな?」 「……うん!」 「ええ子や、じゃあ特別サービスで、これは坊にやる。大事にせいよ」 「うん!」 男の子は、そのインチキくさいライオンの尻尾とやらを大事に抱きしめて、 うれしそうに笑った。 そんな様子を、母親や、ジョージとマリナも唖然として見ていた。見るからに 怪しい変なおじさんだが、母親でもあやせなかった子供のかんしゃくを ピタリと抑えてしまった。 けれど、機体にまた激しい振動が加わると、その子はビクリと震えて、 母親にしがみついた。やはり子供は子供、自分ではどうにもならないことに 恐怖を感じるのは当たり前なのだ。だがそこへ、二人をはさんで反対側に 座っていたおばさんが、ビニール紙に包んだキャラメルを差し出してくれた。 「どうです、なにかを食べてれば気分も落ち着きますよ。皆さんもどうぞ」 「あ、どうもありがとうございます」 行き渡った四つのキャラメルをそれぞれが口に含むと、ほんのりとした 甘さが、口の中に広がっていった。 「あまーい」 「うん、こりゃうまいで」 「それはよかった。実は私は北海道で牧場をやっているんですけど、 そこで育てた牛からとった牛乳で作ったもので、イギリスに営業に 行った帰りなんです」 確かにこのうまさなら、イギリスでも通用するだろうと、ジョージもマリナも思った。 男の子も、すっかりうれしそうにしながら、母親といっしょに口の中の キャラメルを舐めている。 そこで、インディアンのおじさんが、男の子の頭を豪快になでた。 「よかったな坊や、けどもう男の子は泣いちゃいかんで」 「うん……でも」 「怖いか? だいじょぶや、おじちゃんがついとる。実はおじちゃんはな、 昔防衛隊にいてな、怪獣と戦っとったんや」 「ほんと!?」 「ほんとや、こーな、でっかい宇宙ステーションや、かっこいいジープを 乗り回しとって……おっと、わしゃ免許はなかったっけか? もちろん、 ウルトラマンといっしょに戦ったこともあるんや」 得意げに話すおじさんの言葉に、男の子はすっかり夢中になっている。 「だからな、そんなすごいおじちゃんがおるんやから、坊が心配することは なんもあらへん。そっちの兄ちゃんたちや、おばちゃんも平気にしとるやろ」 こういうとき、大人がしっかりしなければ子供はどうしていいかわからない。 ジョージとマリナは毅然とした態度で、男の子に笑いかけ、おばさんも にこやかに微笑んでいた。 「これで、もう大丈夫ですわね」 「ええ、ですがそれにしても、あなたはこの状況でよく平然としていられますね」 マリナは、周りの乗客が少なくともそわそわしているのに、このおばさんは まったくといっていいほど平然としているのに、少し驚いていた。 「いえ、私も不安ではありますけどね。実は、私の兄が昔防衛隊で働いて いましたから、母の教えで、いつも命がけで頑張っているシゲルに恥ずかしく ないように、私たちも強く生きましょうって、そうやってきたんです」 ということは、怪獣頻出期のいずれかの時期にあった防衛チームのどれかに 所属していた人のご家族ということか、確かに防衛隊は警察や消防と同じく いつ死んでもおかしくない危険な仕事であるために、家族にもそれ相応の 覚悟が必要とされ、それゆえにテッペイのようになかなか家族に打ち明けられ なかったり、親御さんが除隊を求めることも少なくないという。 二人は、こうした人々にも歴代の防衛チームは支えられてきたのかと、 目に見えないところで頑張っている人々の熱い思いに感じていた。ならばこそ、 今こそ自分たちが働く番なのである。 「どうやら、日本に帰る前に一仕事こなさなきゃいけないみたいだぜ」 「ミライくんたちに会う前に、勘をとりもどしておきますか」 ジョージとマリナは、GUYS隊員としての目に戻ると、己の使命を果たすために立ち上がった。 客室内は、いっこうに事態の説明をしない乗務員側に対して、乗客のいらだちが 限界に達しようとしていたが、二人はそんな人々を掻き分けて、必死で乗客を 抑えているスチュワーデスの前に出た。 「お客様、どうか座席にお戻りください!」 「私たちはCREW GUYSのものです。なにかご協力できることがあればと思うのですが」 マリナがGUYSライセンスの証明証を見せると、客室内が驚きと、同時に期待に 湧きかえった。もっとも、スチュワーデスさんは二人の見せたGUYSライセンス証以上に、 ジョージが世界的に有名なスター選手だと気づいて、どうやら熱烈なサッカー好きのようで うれしさのあまり失神しかけたが、なんとか落ち着かせて操縦席に案内してもらった。 「GUYSの方ですか、助かりました。今の状況は我々の範疇を超えています」 機長は、プレッシャーに押しつぶされそうだったところで責任から解放されて、 事態を彼らに説明した。ともかく無線だけはなぜかつながるが、ほかの計器が まるで役に立たない。 ジョージとマリナも、思いつく限りのことは試してみたが、すべて無駄だと わかると、すぐさま管制塔に向けて無線を送った。 「101便より、トウキョウコントロール、当機は異常な空間に飲み込まれている もよう、ただちにGUYS JAPANを出動を要請してください」 これを受けて、それまで対応に右往左往するばかりであった空港側も ようやく明確な行動方針を見つけることができ、連絡を受けたGUYS JAPANは ただちにフェニックスネストより、先陣としてミライをガンウィンガーで東京空港に派遣した。 「こちらミライ、今東京国際空港に到着しました。テッペイさん、何かわかりましたか?」 滑走路を封鎖した空港にガンウィンガーを着陸させ、ミライは管制塔でフェニックスネストに 連絡をとっていた。 「ああ、アウトオブドキュメント、ずいぶん古い記録だけど、これと似た事件が過去に 報告されています。おそらく101便、ジョージさんたちの乗った飛行機はその空港の すぐそばにいると思われます」 「そば、ですか? でも、ガンウィンガーのレーダーにもそれらしい影は捉えられて いませんが」 「それがね、一九六六年に同じように旅客機が空港のすぐそばで行方不明になり、 通信だけができるという事件があったんだ。そのとき、その旅客機は次元断層とでも いうべき、異次元空間にはまりこんでいたらしい」 「異次元空間に!? ということはヤプールの陰謀ですか?」 「それはまだわからない。異次元空間を利用するのはヤプールだけではないからね、 今こっちでもGUYSスペーシーに協力してもらって調べてる。もう少し待って」 「G・I・G」 今フェニックスネストではテッペイやコノミが、新人オペレーターに指示しながら、 この事件の詳細を調べているのだろう。ならば、まかせて待つのが一番確実だ。 ミライは、フェニックスネストとの通信を一時切ると、ぐるりと管制塔の窓から 空港を見渡した。 「兄さんも、この景色を見ていたのかな」 この管制塔というのは空港全体が見渡せて、とても眺めがよかった。 メビウスが地球に来る二十年前、ウルトラマン、セブン、ジャック、エースの ウルトラ四兄弟はヤプールが作り出した究極超獣Uキラーザウルスを、変身能力を 失うほどの封印技『ファイナル・クロスシールド』で封印した後、地球で人間の姿で 生活していて、そのときにウルトラマンは旧科学特捜隊のハヤタ隊員の姿で 神戸空港の管制官として働いていたという。ミライは敬愛する兄と同じ風景を 見ているかと思うと、胸が熱くなるような気持ちだった。 それから数十分ほど経ってから、再びフェニックスネストからテッペイの連絡が はいってきた。 「お待たせミライくん、ジョージさんたちの居所がわかったよ!」 ミライのGUYSメモリーディスプレイに、GUYSスペーシーの衛星が撮影した、 空港周辺の気象図が送られてきて、その一つの雲に赤い×印がしてあった。 「ここですか?」 「ああ、レーダーに映らないというところがポイントなんだ。衛星写真では、 その雲ははっきり映ってるけど、地上のレーダーからはその雲だけが映って いないんだよ」 なるほど、と、ミライはテッペイの情報分析力にあらためて信頼を強くした。 まさに逆転の発想、常識を超えた怪事件に対応するには柔軟な思考が必要と されるのだ。 そのとき、管制塔にタイミングよく101便からの連絡が入ってきた。 「こちら101便、ディスイズトウキョウコントロール、オーバー?」 「こちら東京空港、ジョージさんマリナさん大丈夫ですか?」 「その声は、ミライか!? 久しぶりだなアミーゴ!」 「ミライくん、さっそく来てくれたのね。リュウもなかなか粋なはからいするわねえ、 元気だった?」 「はい、おかげさまで。そちらは大丈夫ですか?」 「ああ、今のところ乗客も落ち着いて、機体も平常飛行を続けているが、相変わらず どこを飛んでいるのかはわからん」 やはり、101便は異次元空間の中をさまよっているのだと思ったミライは、 すぐさまテッペイが対策を打ってくれていることを知らせて、続いて通信を フェニックスネストにもつなげた。 「ジョージさん、マリナさん、お久しぶりです。お二人がその機に乗っていたのが、 不幸中の幸いでした」 「俺たちには不幸以外の何者でもないけどな」 「まあそう言わないで、時間がないんですから、101便の燃料はあとどれくらい 持ちますか?」 そうだ、時間は限られている。いまのところは飛行を続けられているが、 航空機の燃料はいずれ尽きる。異次元空間の中で墜落してしまったら、 どうなるかはまったくわからない。 「巡航飛行を続けてるから、あと二時間は持つはずだが、正直余裕があるとは いえねえな」 二時間、その間に救出しなければ101便は永遠に異次元空間をさまよってしまう。 「了解しました。こうなったら、ガンフェニックスで突入して、異次元空間の外まで 101便を誘導するしかありません!」 「おい待て! そりゃ危険だ。下手すりゃ二重遭難になるぞ」 「そうよ、ここでGUYS全滅なんてなったらどうするの」 「お二人をはじめとする、二百余名の人命を犠牲にするわけにはいきません。 それに異次元空間への突入は、ウルトラゾーン以来二度目ですから、 こちらの世界へ誘導するビーコンを用意しておきます」 ウルトラゾーンと聞いて、ミライの表情が引き締まった。メビウスが地球に来る 直前、メビウスは太陽系内に突発的に開く異次元の落とし穴であるウルトラゾーンに 引きずり込まれていく宇宙船アランダス号を救い損ねて、乗組員バン・ヒロトを 犠牲にしてしまったことがあり、二度と悲劇を繰り返しはしまいと決心していたのだ。 そして、異次元空間へ突入し、101便を救出する作戦はリュウ隊長に 承認され、ガンローダーにテッペイ、ガンブースターにリュウ自らが搭乗した。 コノミはフェニックスネストに残り、こちらの世界からガンフェニックスを ナビゲートする。カナタやほかの新人隊員は作戦参加を申し出たが、 万一リュウたちまで帰れなくなった場合は、彼らが後を継がねばならず、 ここは先輩のお手並みを見学しておけということで、残留してサポートする こととなった。 残る時間は一時間五〇分、ただちに作戦は開始された。 「GUYS、Sally GO!」 「G・I・G!」 全隊員の復唱がこだまし、新旧共同のGUYSは出撃した。 だが、この時空間の歪みが、誰にとっても予測を超えた一大事の引き金となるとは、 このときはさすがに想像できている者はいずれの次元にも存在しなかった。 同時刻、ロンディニウム南方三〇リーグの上空で、突然シルフィードごと雲の中に 吸い込まれてしまったルイズたち一行は、気がついたら白一面の世界にいた。 「こりゃあ……なんの冗談なのかしら」 見渡す限り白、白、白……空は真っ白い雲に覆われて、足元はドライアイスのような 白い煙が漂っていて、足首より下がわからない。まるで雲の中のようだが、 足をついて立てる以上、雲の中ではないだろう。ともかく、天地創造の神とかいう 存在がいるとしたら、そいつの財布は絵の具一つ買うコインもないのではないかと 思うくらいに色彩的特長のない世界だったので、誰もがすぐには状況を把握できなかった。 「俺たち、ロンディニウムとかいう街に向かってて……そうだ、雲の中に吸い込まれ ちまったんだ!」 思い出してはっとすると、おのおのは顔を見合わせた。 ルイズが懐からぜんまい式の懐中時計を取り出して見ると、すでに短針は 元の位置から一二〇度も回転していた。 「四時間も経ってる!」 「なんてことだ! 貴重な時間をこんなことで!」 そこでシルフィードの背中に乗っていたミシェルが、硬いつもりでシルフィードの背中を 思い切り殴ってしまったものだから、びっくりしたシルフィードは彼女を振り落としてしまった。 「わあああっ!」 「危ない!」 急いで駆け寄った才人が危機一髪で受け止めたが、思いもよらずにお姫様だっこを されてしまったミシェルがほおを赤らめ、一瞬で機嫌を桜島火山のようにしたルイズが 蹴りを入れるというコントが発生したが、そんなことはともかく、これはいったいなんなんだろうか。 「ア、アルビオンに、こーいうことは、ないのか?」 お姫様だっこをしているせいで、蹴たくられて痛む股間を押さえることもできずに、 涙目で才人は尋ねた。大陸が空を飛ぶくらいだから、雲の中にはいることが できるんじゃないかと思ったのだが、「そんなおとぎ話みたいなことがあるわけ ないじゃない!」とルイズと怒鳴られた。どうやらハルケギニアはファンタジーと 思っていたが、限度というものはあるようだ。 それなのに、異常事態より先にルイズの関心は別にあるようだ。 「サイト、あんたいつまで抱きかかえてるのよ! さっさと下ろしなさい」 「おいおい、けが人に無茶言うなよ」 「うるさい! だいたいミシェル! あんたけが人だと思って黙って見てたら、 人の使い魔に好き放題ちょっかい出して、ちょっと調子に乗ってんじゃないの! 天下の銃士隊員ともあろうものが、でれでれ媚びちゃって情けない限りねえ」 ルイズの横暴がまた始まったと、才人は内心で嘆息した。腹部貫通刺傷に、 打撲、骨折複数箇所という負傷が二、三日で治るとでも思っているのか、 もし自分ならば、一週間はベッドの上で寝たきりのはずだ。 しかし、ルイズはここで眠れる獅子の尾を踏んでいた。 「言ってくれるじゃないか、貴族の小娘と思って呼び捨てくらいは大目に見ようと 思ったが、銃士隊への侮辱は許さんぞ」 「え? ミ、ミシェルさん?」 「サイト、お前の主人の言うとおりだ、銃士隊副長ともあろうものが、こんな傷 くらいでへばっている場合ではなかった、下ろせ」 「で、ですけど……」 「下ろせ」 据わった声で命令されて才人は気づいた。ミシェルの眼光が、初めて会ったときの ように、弱いものならそれだけで刺し殺せそうな冷たく鋭い光を放っている。 ルイズの挑発で、ミシェルの中に眠っていたプライドの炎が呼び覚まされていた。 逆らいきれず、才人ができるだけそおっとと気遣いながらも、足からゆっくりと 地面、とおぼしきところに下ろしていくと、ミシェルは驚いたことに、ひざに手を 置きながらも自力で立ち上がっていった。 「どうだ……これでも、まだ情けないなどと言うか」 だが、歯を食いしばり、額に油汗を浮かべており、相当の苦痛に耐えている ということはすぐにわかった。それでも、その苦痛をねじ伏せてでも立っている という気迫がルイズを圧倒した。 「な、なかなかやるじゃないの」 「ふん、あ、当たり前だ、お前たちとは、鍛え方が違う」 やせ我慢も、ここまでくれば見事といえた。そういえばうっかり忘れていたが、 あのアニエスと肩を並べて戦えるということは、単に腕がいいだけではまず無理で、 同格の精神的なタフさ、いわゆる負けん気の強さがないと、弱い者は徹底的に いびるあの人の下ではやっていけまい。実際、ツルク星人と対戦したときに いっしょに特訓したときも、あれが二日、三日と続いていたら才人は倒れていただろう。 だが、肉体を精神力でねじ伏せて動かすにも限度があった。 「う、ああ……」 「危ない!……っとに、無茶するから」 血の気を失って倒れ掛かったミシェルを才人が危うく抱きとめた。今度はルイズも 文句は言わないが、あとが怖いのでシルフィードの背中に乗せなおしてあげた。 「まったく、無理をするからよ」 「誰かさんにそっくりだけどね」 ぼやいたルイズにキュルケがツッコんで、ルイズはわたしはもっとものわかりが いいわよと、むきになって反論したが、それこそキュルケの言うとおりだった。 「負けず嫌いはどっちもどっちだろうに」 「そういうあなたも、人のことは言えない」 意外にもタバサにツッコまれて才人はびっくりした様子だったが、考えてみれば この中に負けず嫌いという標語が当てはまらない人間はいなかった。しょせんは、 体だけは大きい子供の集まりということか。 はてさて、こんな欲しいもののためなら譲り合う気ゼロの彼女たちのうち、 最後に景品を手に入れるのはどっちなのか? とてもじゃないが、引っ張り 合わせて子供が痛がったから、手を離したほうが母親と認められた大岡裁きは 期待できそうもない。 そんでもって景品のほうも、両手を引っ張り過ぎられてちぎれる前に、 どちらかを選べるのか? もっともこの場合、選ぶほうは心を決められても、 選ばれたほうが素直に受け止められるのかどうかについても問題があった。 まったくもって、いい意味でも悪い意味でも負けず嫌いすぎる若者男女は、 ゴールがどうなるかの予測をまったくさせず、複雑に心を絡み合わせたままで、 とりあえずここがどこなのかを確かめるために歩き始めた。 だが歩き出すと、意外にも足元にはじゃりじゃりと、川原で砂利を踏みしめている ような感触があった。となると、やはり雲の中ではないだろうと、才人は足元の もやの中に手を突っ込んで、それを掴みあげてみた。 「なんだ、ただのガラス玉か」 それは子供の拳くらいの透き通った玉砂利であった。でっかいおはじきとでも いえば適当であろうが、才人は興味をもたずに、それを一つずつ遠くへと 投げ捨てていった。 「ちょっとサイト、危ないでしょ」 目の前で石投げをされて、危なっかしく感じたルイズが文句を言うと、才人は 玉砂利をお手玉のように手の中で弄びながら笑った。 「いいじゃん、別に誰かに当たるわけじゃなし」 「そりゃそうだけど……サイト! ちょっとそれ貸しなさい!!」 突然目の色を変えたルイズは才人からその玉砂利を奪い取って、まじまじと見つめた。 「どうしたんだ、たかがガラス球に目の色変えて?」 「バカ言いなさいよ……あんた、これガラス球なんかじゃない。ダイヤモンドよ!」 「なっ、なんだってえぇ!!」 不満げな顔をしていた才人はおろか、キュルケやミシェルまでもが目の色を 変えてルイズの手の中の玉砂利を見つめ、次いで足元から自分もダイヤの 玉砂利を拾い上げた。 「ほんとだ……これは、みんなダイヤの原石よ」 「信じらんない、どれも五サントはあるわよ、これを磨き上げたらいったい何千エキューに なることか……」 名門の出で、宝石など見慣れているはずのルイズやキュルケでも、こんな 馬鹿でかいダイヤモンドは見たことがなかった。 唯一タバサだけが興味なさげに、その一個あるだけで大富豪になれる 石ころを見ているが、ここに元盗賊のロングビルがいたら気を失ったかもしれない。 しかも、足元にはそれらがごまんと転がっているではないか。もっとも、母親の 結婚指輪についていたちっぽけな宝石しか見たことのない才人は、ダイヤモンドが 高価なのはわかるが、価値が高すぎて実感がわかないらしく、焦点が外れた 視線でそれを見ていた。 「すげえな、これだけダイヤがあったらファイヤーミラーも作り放題だぜ」 などとのん気なことを言っているが、本当は天然ダイヤモンドでは ファイヤーミラーは作れず、むしろ元祖宇宙大怪獣が喜びそうな光景なのだが、 やがて二、三個を拾い上げると、ロングビルさんへのお土産にするかと ポケットの空きに詰め込んだ。 「まあ、適当に叩き売っても、子供たちの養育費の足しにくらいにはなるか」 「バカ! あっという間にハルケギニア一の大金持ちになれるわよ! ったく、これだから平民は」 「はぁ……そう言われてもな、俺ゃそんなに金があったって、別に使い道がないし」 ルイズやキュルケは、一国一城の主も夢ではない話に興味も持たない 才人に呆れたが、才人の美点は分を超えた物欲や金欲を持たないことだろう、 野心がないともとれるが、それで大成するのはほんのわずかで、大抵は 強欲な物欲の権化と成り果てる。 「ここはまさか、伝説の黄金郷かしら」 「だとしても、帰れない黄金郷なんか刑務所以下だろ、出口を探そうぜ」 才人は自分が、岩の穴の中の種を食べたくて手を突っ込んだら 握りすぎて抜けなくなった間抜けなサルにはなりたくなく、歩き出した。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……ええい!」 腹立たしくなったルイズたちは、やけくそでダイヤモンドを投げ捨てると、 才人の後を追った。 そんな才人を、タバサはシルフィードをのしのしと歩かせてついて いきながら見つめて思った。 「欲のない人……」 ほとんどの人間は、貴族も平民も問わずにわずかな金銭のために血道を 上げるというのに、珍しい人間だと、タバサはなんとなく、ルイズたちが彼から 離れない理由の一端が、自分にもわかったような気がして、考えてみれば 自分も彼が来て以来、関係ないことに首を突っ込んだり、自分のことに他人を 入れる割合が増えたなと、心の中だけで苦笑した。 そうして、彼らは世界一高価な砂利道の上を、出口を求めて歩き始めた。 とはいっても、女子というものはこんなときでも静かにはしていられないものらしく、 すぐにルイズとキュルケがおしゃべりを始めた。 「にしても、このダイヤモンドの山、あの成り上がりのクルデンホルフの小娘に 見せたら卒倒するんじゃないかしら」 「それよりも、貧乏貴族のギーシュやモンモランシーあたりなら、プライド放り出して ポケットに詰め込むかもよ。そういえば、ベアトリスだっけ、あの子も来年には 学院に来るのよね。元気でやってるかしら」 思い返せば、あの怪獣大舞踏会からもうずいぶん経っていた。 しかしこうして、白一色の世界にいると、誰もがカンバスの主役を勤めるに ふさわしい、美しき個性の持ち主であると才人は思った。髪の色一つをとっても、 ルイズのピンクブロンド、キュルケの燃えるような赤髪、タバサの青空のような 青色に、ミシェルのタバサよりやや濃い青色は、今では大海のようにも見え、 典型的日本人で黒一色の自分などとは大違いだった。 けれど、そうしていても単色すぎる世界は距離感も狂わせるらしく、たいして 歩いてないはずなのに、頭がぼんやりしてきた。これなら茶色と青に分かれて いる分砂漠のほうがいくぶんかましだろう。 変化が現れたのは、いよいよ頭の中がミルクセーキになりかけて、ルイズの 激発五秒前というときだった、突如白一色の中に黒いなにかが入ってきたのだ。 「行ってみよう!」 才人が全員を代表して叫ぶと、薄ぼんやりと見えるそれへ向かって走り出した。 この際、白から解放してくれるのならば、黒きGでもなんでもいいという心境 だったのだが、目の前に寄ってみると、それは想像だにしなかった形の鉄の塊だった。 「なに? この妙な鉄の造形物は?」 「翼がついてるけど、こんな形じゃ飛べそうもないわね。けどこの銀色は、 鉄でも銀でもなさそうだけど、いったいなにでできているのかしら」 「……」 ルイズやキュルケにはそれがなんであるのは理解できなかったが、才人は 心臓を高鳴らせて、その銀翼の戦鳥を見つめていた。 とにかく、目の前にあるのが信じられない。極限まで無駄なく絞り込んだ 機体に、カミソリのように生えた二枚の主翼と、そこに開いた二〇ミリ機関砲の砲口、 見上げれば、雨粒のような涙滴型風防の前に、一〇〇〇馬力級エンジンとしては 最高峰の傑作とうたわれる栄エンジンが、三枚のプロペラを擁して鎮座している。 まぎれもなく、かつて無敵の名を欲しいままにし、世界最大最強として知られる 超弩級戦艦大和と並んで日本海軍の象徴として、数々の戦争映画で主役を務める 日本人ならその名を知らぬ者のいない、第二次世界大戦時の日本の代表機。 「ゼロ戦だ!」 正式名称、三菱零式艦上戦闘機が、そこに主脚を下ろして静かに鎮座していた。 「サイト、これもあんたの世界のものなの?」 「ああ、タルブ村にあったガンクルセイダーを覚えているだろ。あれの遠いご先祖さ」 才人は小さいころ、手をセメダインだらけにしながら作ったプラモデルの記憶に 興奮しながら、ゼロ戦の主翼に触れてガンダールヴの力でこれの情報を読み取った。 機体色は銀色で、やはり初期型の21型であり、最高速度、上昇限度などの 情報がこと細かに流れ込んでくるが、そんなことなどどうでもいいくらいに才人は喜んだ。 「すげえ、こいつはまだ生きてる」 なんと、ゼロ戦はほぼ完璧な形でそこにあった。燃料も半分以上あり、機銃弾も 七割近く残存している。まるで航空博物館にあるような完全な代物だったが、 主翼によじ登って、コクピットの中を覗き込むと、才人は調子よく喜んでいた 自分に罪悪感を覚えた。 「うう……」 「うわ……骸骨」 そこには、パイロットが前のめりになって計器に顔をうずめる形で白骨化している 痛々しい姿があった。よく見れば、コクピットの後ろの胴体に小さな穴が開いている。 おそらくはそこから敵機の弾丸が貫通して彼に致命傷を与えたのだろう。 「多分、敵機に追い詰められたところでこの空間に迷い込んで、最後の力で 不時着したんだろうな」 死に直面しながらも、愛機を無駄死にさせたくなかったのか、そんな状況で こんな場所に見事に着陸させた腕前はさすがとしかいいようがない。また、 そんな熟練したパイロットを追い詰めた、彼の相手もおそらくは相当なエースであろう、 ゼロ戦の形式と機銃弾の口径から考えれば、イギリスのスピットファイアあたりかもしれない。 才人は、六十年以上前に、故郷を遠く離れた空で命をかけて死んでいった 祖先たちに向けて、無意識に手を合わせて冥福を祈っていた。 そうして十秒ほど、うろ覚えの般若信教を唱えながら祈ったくらいだろうか、 周りに目を凝らして警戒していたミシェルが、白いもやが薄らいだ先にあるものを 見つけて呼んできた。 「おい、向こうにも、あっちにも見えるの、あれもそうじゃないか?」 「なんだって?」 言われて目を凝らしてみると、ゼロ戦と同じように無数の航空機の残骸が あちらこちらに散乱している。 「月光、雷電、九七式戦闘機……みんな戦争中の飛行機ばっかりじゃないか」 それらは、このゼロ戦とは違って着陸に失敗したようで、前のめりに突っ込んで いたり脚を折ったりしていて、とても使い物になりそうもないが、その特徴的な シルエットは、小さいころにゼロ戦やタイガー戦車などのプラモデルを多く作って ミリタリーにも造詣のある才人には簡単にわかった。 もちろん、それだけある機体がすべて日本機ということはなかった。 「アメリカのグラマンF4FにF6F、ライトニングにムスタング、イギリスのハリケーンに スピットファイア、ドイツのメッサーやフォッケまでありやがる」 世界中の名だたる戦闘機が、ずらずらと並んでいて目移りしてしまう。赤い星などの マークがついたソビエトや中国などの機体はさすがにわからないが、この光景を マニアが見たら狂喜乱舞するだろう。 また、目が慣れてくるとさらに遠方にある機体も把握できるようになり、戦闘機 以外の飛行機も見えてきて、それらの方向へと順に歩き出した。 「一式陸攻、モスキート、B-17……」 濃緑色やむきだしのジュラルミンに身を包んだ爆撃機が、半分近く残骸と 化しながら横たわっている中を、才人たちはいまや墓標となったそれらに 敬意をはらいながら進んでいく。 だが、最後にひときわ大きい機体を中央部からくの字に折り、尾翼を 十字架のように立たせてつぶれている飛行機のそばだけは、そのまま 立ち去ることはできなかった。 「……」 「サイト、どうしたの?」 ルイズの問いかけにも才人は答えずに、目の前の飛行機の残骸を睨み続けている。 それは、他の飛行機と比べても圧倒的に大きく、主翼についている計四つの 巨大なエンジンや、機体の各部の大砲のような銃座などを見ても、並々ならぬ 技術で作られたことが一目でわかった。 「サイト? ねえサイトったら」 「……」 答えずに、才人はなおも眼前の機体を睨み続ける。損傷が激しいが、のっぺりとした 機首やうちわのように大きな垂直尾翼といった特徴までは失われていない。 間違いはない。それは小学校の平和授業から、毎年夏になると放送される 戦争特番で嫌と言うほど見せられ、才人だけでなく、日本人に畏怖と憎悪の 感情を向けられる、史上もっとも多くの人間を殺した爆撃機。 「B-29、スーパーフォートレス」 広島、長崎の惨劇の立役者にして、アルビオンの内戦などは比較にならない 悲劇を残した第二次世界大戦の、戦争の愚かしさの象徴ともいうべき、 空の要塞がそこにいた。 そして、それで完全に彼は記憶を呼び戻した。 「そういえば小さいころ、ゼロ戦があるんだったら一度来てみたいと思ったっけな、 この四次元空間には」 テッペイがアウトオブドキュメントから解析したデータと同じく、才人もここが 時空間に落とし穴のように開いた四次元空間だと気づいた。 落ちている航空機も、同じようにこの空間に引っかかってしまったのだろう。 二次大戦時の航空機ばかりなのは、何百何千と数がいて、引っかかる 確率も高かったからだろうが、よく見たらセイバーやファントムなど、戦後の 航空機もわずかに入っている。 「しかしまさか、ハルケギニアにも入り口があるとは思わなかったな」 探せばもしかしたら、ハルケギニアから迷い込んだ竜騎士やヒポグリフなどの 死骸も転がっているかもしれない。だが、そういうことならば、もう一つ嫌な ことが彼の脳裏に蘇ってきた。 「ここが、その四次元空間だとしたら……」 しかし、彼がその予感の内容を言い終わる前に、霧の向こうからくぐもった、 まるで霧笛のような大きな遠吠えが聞こえてきたのだ! 「やっぱりか」 彼はどうしてこう、悪いときに悪いことばかりが重なるんだと、ルイズに召喚 されて以来の自分の苦労人体質を呪いながら、ガッツブラスターを取り出して 安全装置を解除した。 そして十秒と経たずに、彼の予感は的中した。 「巨大なセイウチの化け物ね」 「サイト、ルイズ、ほんとにあんたたちといると、人生退屈しないわ」 ルイズやキュルケが、もう驚くことも慣れてしまったというふうに、達観した 様子でつぶやいたのに、タバサやミシェルも全面的に同意した。 唯一、シルフィードだけが焦った様子で、目の前にいて、巨大な牙を 振りかざして地面をはいずって向かってくる怪獣を、きゅいきゅいと 鳴きながら威嚇しているみたいだったが、はっきり全然怖くない。 「四次元怪獣トドラか……さて、どう見てもセイウチなのに、トドラとは これいかに……」 どうでもいいことをつぶやきながら、才人は自分たちをエサにしようと しているのかは知らないが、まるで何かに追い立てられているように 吠え立てながら向かってくるトドラに銃口を向けた。 そして、才人たちが異次元空間で足止めを食らっているうちに、状況は彼らの 焦りどうりにどんどん悪化していっていた。 ロンディニウムでは、アルビオン空軍艦隊の旗艦、大型戦艦レキシントン号を はじめとする六〇隻の空中艦隊が、残存戦力のすべてを乗船させての最終決戦を 挑むべく、出撃を命じられていた。 「諸君! 決戦である。一戦してウェールズの首をとれば、王党派の命運は尽き、 我らはこの地を支配できる。私が先陣を切る。我に続く勇者はいるか」 「おおう!」 「決戦だ! 決戦である!」 クロムウェルが檄を飛ばすと、生き残っていたレコン・キスタの貴族たちは、 彼の示した起死回生の可能性に一縷の望みをかけて、一斉に狂乱の叫びをあげた。 元より、反逆者である彼らはこの後王党派との戦いでからくも生き残っても 処刑は確実で、降伏すれば命は助かるかもしれないが、財産領地没収となれば 貴族に生きていく術はなく、こじきや傭兵に落ちるしかなくなる。 だが、そうして冷静な判断力を失っているからこそ、クロムウェルには彼らを 利用する価値があった。 「すでに、我らの秘密鉱山から運ばれた風石の充填は完了した。さあ、ゆこう 忠勇なる戦士たちよ。歴史に我らの名を残そうではないか!」 いまだ革命に幻想を見る貴族たちを乗せて、アルビオン艦隊は出撃していく。 やがてレキシントン号の司令官室で、クロムウェルは渋い顔をしている シェフィールドに叱責されながら、作戦の最終段階を詰めていた。 「いいこと、これがお前に与える最後の機会よ。これまでの失敗を帳消しにして、 生き残りたいのなら、なんとしても勝利なさい」 「ははあっ! この身命にかけましても、なんとしても勝利をささげまする。 ですが、あのお方は本当に動いてくださるのでしょうか? わたくしは 不安でなりませぬ」 「余計な心配をするでないわ、約束どおり、あのお方はこちらに注意を 向けているトリステインを後方から攻撃する算段をつけていらっしゃる。 あとは、お前が王党派を撃破しさえすれば、この国はお前のもの、 わかったら全力をつくしなさい」 本当は、シェフィールドの主であるジョゼフはすでにレコン・キスタを 切り捨てようとしているのだが、彼女はそれを気取られないように 演技して見せていた。 もっとも、クロムウェルにとっても、すでにシェフィールドの思惑などは どうでもいいものになっていた。せいぜいが、こちらの作戦の最終段階に 合わせて軍を動かし、混乱を広げてくれたらもうけもの、どのみちガリアなど いずれ超獣の軍団で蹂躙してくれると、内心ではせせら笑っていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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人々は夢を見る。それは二つの月が空に浮かぶこの世界でも例外ではない。 夢は時として鮮明に記憶に残ることもあればまた、全くと言っていいほど残らないこともある。もちろんその夢がいい夢であろうと恐ろしい悪夢であろうとも。 時には夢の中での出来事を寝言として口にするものもいる。 ここ数日サイトは眠れない夜を過ごしていた。理由は本人もよく分かってなく、「まあすぐに寝付くだろう」と軽く考え、しばらく目を閉じ水聖霊騎士団のことや今後のことなどを考えたりしていた。 また最近はバタバタしており一人でじっくり考え事をできるいい機会だと解釈した。 ところが今日はいつもとは少し違うことが起きた。 それは自分の横で眠っている自分の可愛いご主人様――ルイズが何か寝言を呟いたからである。 「ダメ…行っちゃ……ダメ…サイトォ…」 お、俺ぇ!? はっきり言って自分が好きな相手に寝言でもそんなこと言われるとすごく嬉しく心踊る気分である。 「私を…置いていかないで……死んじゃ…ダメェ…」 その言葉を聞いた瞬間サイトは七万のアルビオン軍を止めるためにルイズを眠らせたことを思い出した。 サイトは当時ルイズを死なせないことで頭がいっぱいになり、ルイズがどんな気持ちでいるのかあまり考えれなかった。 もちろんその後のルイズの落ち込み様や自殺の一歩手前まで追い込むほどの絶望感なども考え付かなかったのだ。 そしてルイズはそのことを夢の中で思い出し苦しそうに眠っているのだ。 「わ、わ、私のせいで……サイトが…サイトがぁ…」 そう呟くと途端にルイズの閉じられた瞼から涙が零れ落ちた。 そんな姿を見ると後悔はしないと思っていたあの時の決意が脆くも揺らいだ。 「(ルイズがこんなに悲しむなんて……俺は…)」 ――なんて身勝手なんだ。そう思わずにはいられなかった。 止めどなく流れる落ちる涙を見て、ルイズへの愛おしさが込上げてきて、手がルイズへと近づいていく。 右手をそっと首もとから後頭部へ回し、左手をそっと背中に回しこみ、そしてぎゅっとルイズを抱きしめ、 「俺は、生きてるから…ずっと、側に居るから…だから安心して」 そっと耳元に呟きながら背中をトントンッっと子供を寝かしつける親のように優しくたたいてあげた。 すると、軽く身をよじって再び静かに寝息を立てて眠りについた。 なんだか嫌な夢を見ていた気がする。 それが何の夢だかは思い出せない。 いや、思い出したくないのだろう。思い出したら大切な何かをまた失っていそうで、その夢が現実に起きてしまいそうで…。 そう思わずにはいられなかった。 でもそんな意思とは関係なく勝手に頭には薄らと夢の記憶が再生される。 真っ暗な中で自分の手元には明るく、暖かな『何か』があった。 それは自分が悔しい時、苦しい時、悲しい時、どんな時でも側に居た気がする。 とても、とても大切なその『何か』はいつの間にか自分の中でとてつもなく大きなモノとなっていた。 どんなにひどい扱いを受けようとも、どんなに嫌われるようなことをされても、常に自分の近くにあった。 だが、そんな中でその『何か』は優しく、とても優しく微笑みながら――――消え去った。 その瞬間自分の中の心が半分崩れ落ちたように感じた。 その心の隙間に流れ込んでくるのはとてつもなく大きな後悔と喪失感だった。 嫌な夢。そう思っていると、閉じられた瞼の内側から涙があふれた。 泣いているのは夢の中? それとも現実? まだ覚醒しきってない頭ではどちらか判断はつかず、夢と現実の間を行き来しているとその暖かな『何か』が自分を優しく抱きしめてくれた。 頭の後ろと背中に感じる手の感触。 包み込まれるような暖かさ。 聞こえてくる胸の鼓動。 背中を優しくたたいてくれる心地よいリズム。 そして耳元で聞こえた言葉…。 嬉しかった。悲しみの涙とは違う、『喜びの涙』が流れ落ちる。 そっと薄らと目を開けてみると目の前に迫る服を着た人の胸板。そしていつも側に居る人の臭い……。 ――――サイトだ…。 それを感じると胸の中の喪失感が幸福感で埋められていく。 再び目を閉じて眠りにつく。 夢の中では未だに真っ暗だった。 恐怖や寂しさは感じない。期待いや、自信があった。 必ず来てくれる、帰って来てくれる。そんな不確かな思いがあった。 でも私はそれを信じて疑わない。 だって「もうだめだ」と思った時だって来てくれたもの。悲しい時も側に居てくれたもの。 だから私は信じている。信じていればきっと来てくれる。 ほら、優しい『何か』そう、サイトが、私のところへ…再び……戻って…来てくれたから―――。 夢が覚めた。辺りはすでに明るくなり始めていた。 私は夢を見ていたのだろうか? 内容は覚えていない。 だが、嫌な気持ちではなかった。むしろ嬉しかったのかもしれない。 言いようのない幸福感と暖かさ……。 いい朝だ。そう感じて目を開けるとサイトが私を抱きしめながら寝ていた。 「(い、い、犬ぅぅぅぅ!)」 と顔を真っ赤にして怒りかけたが、なんだか怒る気がしなかった。 「(ま、いっか。なんだか気分がいいし)」 顔はいまだ真っ赤で心臓はドキドキしていたが、逆にそれが心地よくも感じ、また瞼を閉じた。 今日は虚無の曜だしもうしばらくこのままでいよう。 ルイズは眠りについた。――――暖かな『サイト』に包まれながら。 続く…………かな?
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前ページ次ページ風の使い魔 MUROMACHI歴155年――両親を亡くした少年は、己の命と人生を懸けるに足る力と出会った。 MUROMACHI歴157年――諸国に戦乱の兆しあり。いち早く戦の臭いを感じ取った男は、 素質ある若者達を『虹を翔る銀嶺』に招集した。時代を動かす力、最強の武術『忍空』のすべてを携えて。 彼らはそれぞれの決意を胸に、一人、また一人と時代のうねりに漕ぎだしていく。 次々と邂逅を果たす十二人の弟子達によって、次なる忍空の歴史が刻まれようとしていた。 風の使い魔 1-3 「……なるほど。そして戦後、君は師の遺した畑の面倒を見つつ、故郷で暮らしていた。 収穫したトウモロコシをかつての仲間に届ける旅の途中、現れたゲートを潜ったと、こういうわけじゃな?」 学院長、オールド・オスマンは、机を挟んで立つカエルと見紛う顔の少年に語りかけた。 少年は幼く、まだ十二かそこらであるが、彼が見た目通りの少年でないことは、部屋にいる誰もが知るところであった。 少年――風助はオスマンの問いに、照れ笑いで頷く。とても戦闘集団の一隊長として戦場を駆けたとは思えない顔である。 「ああ、道に迷って腹減らしてたから、なんか食い物ねぇかと思って覗いたら吸い込まれちまってた」 あまりに馬鹿馬鹿しい理由に一同溜息。しかし、一番溜息を吐くべき少女は、いつもの無表情で風助の横に立っていた。 それは広場での騒動の後、タバサが風助と話そうと思った矢先のこと。駆けつけたコルベールによって、 タバサと風助は半ば強制的に院長室に、当事者だと主張して、ルイズとキュルケも強引に付いてきていた。 「未だに信じられません。あれが魔法でないということよりも、君が少年兵……しかも、 一部隊の隊長として戦場に立っていたことが……」 同席したコルベールは、風助の過去を聞いて苦い顔した。オスマンもそれには頷く。 風助はとても人を殺せる、殺した経験があるとは思えなかったからだ。 キュルケは感心した様子で、ルイズは半信半疑といったところか。相変わらず、タバサの表情は読めない。 しかしほんの一瞬、タバサは表情を強張らせた。両親は戦争で死んだ――さらりと、事もなげに風助が言った瞬間だった。 タバサの心情など知る由もなく、オスマンは引き続き風助を質問責めにする。 「それを可能にしたのが、忍空という武術なのかのう……。風助君、その忍空とやらを使える人間なら、 みんなあのような竜巻が出せるのかの?」 そもそも忍空とは何か。まずはそこから説明しなければならなかった。風助は拙い表現で説明したが、要約するとこうなる。 忍空――それは忍者の『忍』、空手の『空』。スピードとパワー、両者の長点を併せ持ち、増幅・発展させた武術。 武装は基本的になく、持ってナイフといったところ。 「強力な忍空技を使えるのは、隊長クラスだけだぞ。それに、空子旋を使えんのは俺だけだ。他は炎や氷、大地みてぇに使える力が違ってんだ」 そして忍空組とは、天下分け目の大戦において数千数万を相手取り、縦横無尽の活躍を示した部隊である。 隊員は約百人程度。子~亥の十二支に対応した部隊に分けられ、それぞれの隊の頂点に立つのが『干支忍』と呼ばれる十二人の隊長。 「なんとまあ……。すると他の隊長も、それぞれ自然を操る能力を持っておるわけで。 あれほどの現象を詠唱もなしに引き起こせる。そら恐ろしいことじゃの」 干支忍は単純な戦闘力においても、並の隊員をはるかに上回っているのは勿論、子忍の風、酉忍の空といったように自然を操る能力を持っている。 それこそが、忍空が忍空たる所以である。 「風助君、あの竜巻は魔力で出したのかね? 君には魔力がないはず……となると精霊との契約なのか?」 と、これまで黙っていたコルベールが割って入った。 「せーれーってなんだ? 忍空の技は、龍さんの身体を触って使うんだぞ」 コルベールは首を傾げる。そもそも、風助は精霊の概念を理解していなかった。 「竜? ドラゴンかね?」と、言ったのはオスマン。今度は風助が首を傾げた。 「風助君、その竜について聞きたいんだが……」と、次にコルベール。 長くて、でかくて、太くて……と、とりとめのない説明に、一同首を傾げる。頭上に?をいくつも浮かべるルイズ、 妙な想像に微笑むキュルケ、やっぱり無表情のタバサ、それぞれである。 が、よくよく話を聞いてみると、どうやら自然の中に宿る力のようなものらしい。 龍の身体、突く部位によって異なる技が発現するとのこと。 「しかし、一口に竜と言っても、こちらとは造形が違うのですな。文化圏が違うようですし、東国の辺りなのでしょうか……」 しかし、風助は自分のいた国の名前も知らないらしい。場所も国名も分からないのでは、推察しようがなかった。 拙い説明で辛うじて理解できたのは、三年前MUROMACHIからEDOに年号が変わったこと。 技術レベルは比較的近くとも、文化は違うということだけ。 「ふぅむ……、自然に宿る竜、もとい龍か……」 「おそらく、精霊に近い存在と見ていいと思われます。万物に宿る意思、力の源……そういったものの力を借りて行使する点では、 先住魔法と似ていますね」 意志と魔力で法則を歪めるのでなく、自然の力を引き出す術。その点では、確かに先住魔法に近いと言えよう。 「第一に必要なのは天賦の才。素養があっても、大抵は修行により龍を感じることで初めて見られる。 そして力を借りるに至り、自在に操れる域にまで達するには更なる修行……か」 修行、修行、また修行。頂点まで登り詰めることができるのは、ほんの一握りにも満たない数名。面倒臭さ、育成の手間では魔法以上か。 やはり、それほどの使い手はごく僅からしい。 オスマンは、ほっと胸を撫で下ろした。遠い遠い他国といえど、そんな怪物が何十人もおり、量産も可能となれば、 一国どころか大陸を制することさえ容易い。あのレベルの使い手が十二人でさえ、一国には十分対抗できる可能性を有しているのだろうが。 ルイズとキュルケは、それぞれ目を丸くしていた。あの小さな身体に、どれだけの力が秘められているのか。正直疑わしかったが、 つい先刻の竜巻を見せられては信じるしかなかった。 「しかし風や大地はともかく、炎や氷はそうそう手元にあるわけでもあるまい。その辺りはどうなっとるのかね?」 オスマンがそんなことを問う理由は、系統魔法で最も破壊力が高いとされるのが火であるからだ。戦場においても活躍する系統。 火種や氷、ないしは水を常に持ち歩かないと力を発揮できないとなれば、風や大地と比べて利便性は格段に劣る。 炎と氷と聞いて、風助が思い出すのは二人。 一人は垂れ目の男。何時でも何処でも、火事の中でさえ寝ている、放浪の絵描き。 一人は長い金髪の美形。虚弱体質でしばしば貧血を起こす、突発性自殺癖持ちのピアニスト。 どちらもオスマンの想像とはほど遠いだろう。 癖は強いが実力も結束も強い。今でも親しい干支忍の内の二人、炎の辰忍『赤雷』と、氷の午忍『黄純』だった。 「よく分かんねぇけど……龍が見えなくても、どっちも空気を操って氷や炎は出せる……みてぇに赤雷と黄純が言ってたっけかな」 そう語る風助は、実に楽しそうな顔をしていた。 破壊力に優れた火が制限されるなら、個々はともかく戦においての戦闘力はそれほどでもないかと思ったが、甘かったか。 ますます隙がないと感心してしまう。 しかも、聞く限りでは四系統魔法の仕組みと共通している部分もあるかもしれない。まだまだ世界は広いと、この歳でしみじみ思う。 「じっちゃん……まだ聞くのか? さっきから説明ばっかで疲れちまったぞ」 思案に耽っていると、風助がぼやいた。じっちゃん呼ばわりは違和感があったが、不思議と悪い気はしない。 「おお、すまんがもうちょっとじゃ。さて、ここからが本題。あれだけの騒動じゃ、君ら四人が頑張った結果、死傷者が出んかったのは僥倖。 被害が樹二本で済んだのは奇跡と言うより他ない」 オスマンの視線が、風助とタバサを捉える。髭に隠れた口から出るのは、威厳と風格を併せ持った声。 風助がごくりと息を呑む音が、タバサにも聞こえた。タバサも内心では緊張している。 「しかし、風助君、ミス・タバサ。君ら二人には、なんらかの罰が必要になる」 未だにああなった経緯が理解できないルイズは傍観。キュルケもよほど重い処分でもなければ黙っておくつもりだった。 そしてタバサは、やはり沈黙。そんな中、一列に並んだ四人から一人、オスマンに進み出る者がいた。 「待ってくれ、じっちゃん! 悪ぃのは俺だ、タバサは関係ねぇ! だから、罰なら俺だけにしてくれ!」 真っ先に進み出た風助は、自分でなくタバサの罰の軽減を訴えた。 タバサ――初めて名前を呼ばれた。それだけ、自分は風助とのコミュニケーションを疎かにしていたのに。数えるほどしか会話していないのに。 「風助君、君の言い分は尤もかもしれんが、使い魔の責任は主の責任じゃ。主人と使い魔は一蓮托生。それは全うしてもらわんといかん」 「頼む、じっちゃん!」 タバサは、下げた頭をなおも低くしようとする風助を、 「別に構わない」と手で制した。 そんな主人を何故、そうまでして庇うのかは分からなかった。ただこの瞬間、初めてこの使い魔を信じてもいいと思えた。 「まあ聞きたまえ。不服を言うのは、それからでも遅くはないだろう?」 コルベールが風助を諫め、一同オスマンの裁決を待つ。 オスマンは長い髭を撫で摩り、 「そうじゃの……今後、学院内での忍空の使用は厳禁。後は……樹が二本じゃから、向こう二ヶ月の奉仕活動とでもしておくかの」 と急に気の抜けた声で言った。危うく学院を崩壊させるところだった騒動の罰としては軽いものだ。 「ほうしかつどう……ってなんだ?」 「平たく言えば、掃除を始めとする学院の雑用じゃな。内容は必要な時に沙汰しよう」 タバサは安堵よりも、その意図を疑わずにいられなかった。だが、そう思っていたのはどうやら自分だけらしい。 ルイズとキュルケは、互いに目を見合わせ苦笑。風助はいつも丸い目を、更に丸くしていた。 「そんだけでいいのか……?」 「当座はそれだけ、としておこう。手始めに、広場の樹の残骸を処分してもらおうかのう。 おお、それと図書館の司書が蔵書の整理をしたいと言うとったな。そっちはミス・タバサが得意じゃろう」 無邪気な笑顔の風助が、オスマンの座った机に飛び乗って手を握る。 「サンキュー、じっちゃん! 俺がんばるぞ!」 「ほっほっほ……これ、机に乗るでない! 隠しきれるものでもあるまい。教師連中には私から説明しておこう」 タバサの魔法としておく手もあるが、トライアングルで出せる魔法でもない。何よりも、風助が許さないだろう。 今は様子を見るべきとの判断だった。 風助の嬉しそうな顔にコルベールも、ルイズもキュルケも微笑んでいる。そんな顔を見せられてはタバサも、 疑問は一時保留しておこうという気分になってしまった。 無邪気な風助にコルベールが、 「忍空の使用を禁止されても困ることは少ないだろうが、使い魔としての役割も頑張りたまえよ。 困ったことがあれば、私もできる限り力になろう」 「ああ。それでおっちゃん、使い魔ってのはどうやったら終わりなんだ?」 その答えに、室内にいた全員が固まった。 「は……?」 「え……?」 「まさか……」 「ふむ……」 最初にコルベール。続いてルイズ、キュルケ。オスマンまでもが、意外そうに唸る。 驚きの目が集中しているのに、風助は気付かない。一人、決意も新たに拳を握って意気込んでいる。 「俺、頑張って使い魔終わらせるぞ。けど、どうすりゃいいんだ? おっちゃん」 「まさか君は知らないのか? ミス・タバサ……君も説明してないのか?」 コルベールが風助からタバサへ視線を移す。タバサはぶつかった視線を一旦は受け……やや気まずそうに外した。 しまった。 顔は平静を装っていても、彼女がそう思っているのは誰から見ても明らかだった。 使い魔は召喚された時から自分の役割を理解していると文献にはあったが、風助は何一つ理解していなかった。 だというのに、面倒だったので説明を簡潔に済ませてしまっていたのだ。 ルイズは口に手をやって驚き、キュルケは悩ましげに額に手を当てた。 きょろきょろと周囲を見回す風助にコルベールが告げる。気まずく、この上なく言い辛そうに。 「風助君……使い魔とは、メイジを一生サポートするパートナーなのだ。つまり……死ぬまで終わらない」 風助の顔が歪み、 「うぇぇええええええええ!!」 学院中に聞こえるかと思うほどの声がこだました。 そのうち帰れるだろうと楽観的に考えていただけに、風助はこれ以上ないほど仰天した。 それはもう、筆舌に尽くし難い顔芸で、驚愕を露わにしたのだった。 「君の国に帰れる方法も探しておこう。それまでは我慢してくれたまえ」 コルベールに苦笑いで送り出された風助。その横にタバサ、後ろをキュルケとルイズが歩く。 前を歩く二人は、珍しく困り顔だった。 「一生は……ちょっと困ったぞ。ばあちゃんと……お師さんの畑もあるしなぁ」 親代わりでもある隣の老婆は身体が弱く、臥せりがちである。最近は元気だし、村の人間は仲がいいので、しばらくは心配いらないだろうが。 畑も面倒を見てくれる当てはある。忍空の里の忍犬、ポチはちょくちょく里を抜け出しているので、戻らなければ面倒くらいは見てくれるだろう。 どちらも焦る必要はないと分かっていても、心配には変わりなかった。 一方、タバサは申し訳ない気持ちを抱えていた。今更になって、自分のらしくなさが悔やまれた。かと言って、掛ける言葉も見つからない。 見かねたキュルケは空気を変えようと、 「しかし、ヴァリエールはともかく、なんであなたは人間を召喚したのかしらねぇ?」 「ちょっと、ツェルプストー! わたしはともかくってどういう意味よ!!」 敢えてケンカを吹っ掛けてみる。案の定、ルイズはすぐに乗ってきた。 意図を汲み取った上で怒ってくれているのか、それとも天然なのか。多分後者だろうが、どちらにせよありがたい。 「カエルみたいな顔してるから、亜人と間違えられちゃったのかしら……なんて」 「そんなわけないでしょ!」 怒るルイズ、さらっと流すキュルケ、いつも通りのやり取り。見ていた風助も、いつの間にか笑顔になっていた。 「んじゃ、俺は広場の片付けに行ってくるぞ。俺がやったんだから、俺一人でいいや」 風助は三人と別れて外に出る。タバサは迷った末、彼の背中にたった一言問う。 「いいの?」 それは広場の片づけを一人でさせることに対してか、使い魔を続けることに対してなのか。 言ってから、また言葉が足りなかったかと不安になったが、 「まぁな。くよくよしてもしょうがねぇし。それにここはここで、いろいろ面白ぇぞ」 今度はちゃんと伝わったらしい。どちらの意味にも取れたが、きっと後者だろう。 能天気な笑顔の裏に秘められた逞しさをタバサは感じ取った。 「……わたしも次の講義は休むわ。先生には伝えておいて。治療の魔法の準備をしてもらわなきゃ」 あんなバカ犬でも使い魔は使い魔だからね、と言い残してルイズも去っていく。残されたタバサとキュルケは暫し逡巡したが、 大人しく講義に向かうことにした。 風助が迷いながらヴェストリの広場にたどり着いたのは学院長室を出てから約十分後。広場には杖を持った教師が二人と、 手作業で樹の破片を拾い集める男が二人、既に作業を始めていた。二人は貴族ではなく、いわゆる用務員。敷地の整備や雑務を担当する仕事らしい。 四人に風助も混じり、散乱した木切れを集める。突然、子供が手伝いをしたいと現れたので教師達は訝しんでいたが、 コルベールから話は聞いていたらしく、事情を話すと驚きと共に迎えられた。 作業は順調に進み、始めてから三十分後には広場は綺麗さっぱり片付けられた。へし折れた樹の幹は、 教師達が魔法で掘り起こし焼却。二人は土のメイジと火のメイジなのだそうだ。 「やっぱ魔法って凄ぇなぁ。なんでもできんだな」 風助の素直な賛辞に教師は照れ臭そうに笑い、これには他の二人も頷いていた。 作業を終えて四人と別れると、ぐぅぅと控えめに腹の虫が鳴くので、厨房に向かってみる。 この時、食後からまだ一時間も経っていないのだが、風助には関係なかった。 厨房に向かい扉を開けると、マルトーが昼食を片付けていた。その隣ではシエスタも手伝っている。 「おっちゃーん、なんか食わせてくんねぇか?」 「おお、風助坊……っておめぇまた来たのか」 振り向いたマルトーが呆れ顔で溜息を吐く。片やシエスタの表情には、感嘆と驚きと、ほんの少しの怯えが表れていた。 「あ……風助君、いらっしゃい……」 「ったくおめぇはどれだけ食うんだ……まぁ、ちょうど残りがあったところだ。食わせてやるから、座って待ってな」 「ありがとな、おっちゃん」 呆れながらも準備を始めるマルトー。手近なイスに腰掛けると、こちらを見ているシエスタの視線に気付く。 「ねぇ、風助君。さっきの竜巻って風助君がやったの……? 風助君ってメイジだったの?」 おずおずと話し掛けてくるシエスタ。流石の風助でも、声に帯びた不安の色を察した。 その対象が自分であることも。 「ああ。けど俺はメイジってのじゃねぇぞ。あれは忍空ってんだ」 「にんくう……?」 「ちょっと失敗して、あんなことになっちまったんだ。けど、もうここじゃ使わねぇから心配すんな」 「そうなんだ……」 シエスタが躊躇いがちに頷く。詳しい説明を省いたからか、シエスタの不安は完全には払拭されなかった。 だが、たとえ力を持っていたとしても、風助が弱い者を傷つけるとも思えなかった。 そこへマルトーが大きな器をドンとテーブルに置いた。入っているのは琥珀色に透き通ったスープ。 先程のシチューと違い、如何にも上品そうだ。 「ああ、シエスタから聞いてるぜ? やるじゃねぇか、ケンカの仲裁でどでかい竜巻を起こしたとかなんとか……それが魔法じゃなく忍空ってのか?」 マルトーは、竜巻の暴威を目の当たりにしたわけではないので、特に畏れもしない。 「おー、罰として奉仕活動をしなきゃなんねぇんだ」 「奉仕活動? そりゃ難儀だなぁ。こんなガキをこき使おうなんざ、まったく貴族ってのは……」 「気にしてねぇぞ。することなくて退屈してたんだ、ちょうどいいや。元いたとこじゃ畑耕してたし、ただで飯食わせてもらうのも悪ぃと思ってたしな」 子供っぽく笑う風助に、シエスタも次第に警戒心を解いていく。不思議なものだ、今日出会ったばかりだというのに。 「人の五倍は食べるもんね、風助君。また手伝ってくれると助かるな……」 スープを掻き込みながら、 「おー、なんでも言え」とスプーンを振り上げて宣言した風助だったが、不意にピタリと食事の手を止めた。不意に背後のマルトーを振り向く。 「そういや気になってたんだよな。おっちゃんは、じっちゃん達のこと嫌ぇなのか?」 「嫌ぇって言うかだな……」 マルトーは言葉に詰まった。この場合、風助の言うあいつらとはオスマン達個人の好き嫌いだからだ。 「じっちゃんも、坊主頭のおっちゃんもいい奴だったぞ。罰も軽くしてくれたしな」 貴族は嫌いだ。我が儘で横暴で、身分を鼻に掛けている連中がほとんど。それはこの学院の生徒教職員も決して例外ではない。 しかし、貴族は嫌いだが、生徒や教職員達に特別恨みがあるわけではなかった。 平民と貴族の関係ではあるが、教師とも時には関係を深め、連携を取ることはある。そうでなければ仕事も円滑にいかない。 豪勢な料理だって、栄養には十分留意している。育ち盛りの生徒の健康を管理しているのは自分だという自負があった。 何より、自分の料理を美味そうに食べる生徒達を見ると悪い気はしない。 口ではなんだかんだ言っても、学院の食を司る身としては、すくすくと育ってくれるのは感慨深いものである。 つまるところ、嫌いなのは貴族という身分であって、彼らではない。そこまで嫌いなら、どれだけ給料が良くても貴族の学院でなど働かない。 故に、改めて嫌いなのかと聞かれると――。 「コック長……口に出てますよ?」 「おっちゃんも、やっぱいい奴だなぁ」 どうやら柄にもなく考え込んでいると、口に出てしまっていたらしい。呆れ混じりの微笑むシエスタと、舌を出して笑う風助。 顔を真っ赤にしたマルトーは、 「よせやい! こっ恥ずかしいこと言わせるんじゃねぃよ、このベロ!!」 言いながら風助の後頭部にゲンコツ。思いのほか強い力に風助が、 「ん~!! 前が見えねぇぞ」 「きゃー! 風助君、顔! 顔がはまってます!!」 顔面からスープの器に突っ込む。ぴっちり顔にフィットした器は、風助が顔を上げても取れなかった。 「ふぃ~、死ぬかと思ったぞ」 「ははは、悪かったなぁ、風助坊」 ようやく器を外した風助の背中を、マルトーがバンバン叩いた。スープ塗れになった服は脱いで干し、今の風助は上半身裸。 にも拘わらず叩くものだから、背中に赤い手形が付く。 「いて! 痛ぇなぁ、おっちゃん」 マルトーをジト目で見る風助に、シエスタが尋ねる。 「そういえば風助君……さっきは名前が出なかったけど、ミス・タバサは風助君から見てどうなの?」 「タバサは……無口でよく分かんねぇけど、いい奴だぞ。飯も食わせてくれるしな」 「風助君はご飯を食べさせてくれたらいい人なの?」 「まぁな。少なくとも、俺が腹減らしてた時、飯食わせてくれたおっちゃんやおばちゃんは、みんな優しくてあったかかったぞ」 戦前、戦後と国は荒れ、民衆は貧しく、その日食べるものにさえ困窮する者もいた。 そんな時勢で、誰とも知れない子供に食べ物を恵んでくれるようなお人好しは十分信頼に値する。 いつからかそう思うようになっていた。無意識的ではあるが、それは風助の人を見分ける術の一つだった。 「いつだったか……行き倒れてた俺に飯食わせてくれたおっちゃんは、どっかおっちゃんに似てたかもしんねぇな。飯は凄ぇくそまずかったけど」 「飯のまずい野郎と俺を一緒にすんじゃねぇよ! いい度胸じゃねぇか、このベロ!」 またも風助がマルトーにヘッドロックされ、その頭を小突かれる。 「悪ぃ悪ぃ、けどおっちゃんの飯はうめぇぞ。ほんとだ」 どちらも顔は綻んでおり、それが新愛の表現であることは、傍目にも明らか。 シエスタは感心してしまった。風助は、たった数十分でマルトーの心に入り込んでしまったのだ。 「おっちゃんもシエスタもタバサも、俺にとっちゃみんないい奴だ。だから困ったことがあったら、言ってくれりゃ手伝うぞ」 それは自分も同じ。彼に抱いていた恐怖心、警戒心はものの数分で氷解していたのだから。 「うん、私はもうちょっとしたらサイトさんの看病のお手伝いに行くから、風助君手伝ってくれる?」 「その前に、こっちは薪でも割ってもらいてぇな」 「よし、そんじゃやるか」 意気込む風助は裸のまま、マルトーと厨房の扉を開いて出ていく。彼が開いた扉からは爽やかな昼下がりの風が吹き、 見送るシエスタの髪を揺らした。 時刻が夕刻に差し掛かる頃、風助はシエスタを伴ってルイズの部屋に向かう。手にはシエスタの用意した、大きな器一杯の湯。 何しろ、風助はタバサの部屋に帰る道ですら迷う始末。一人では無駄な時間を食うばかりだった。 ルイズの部屋の前まで来ると、僅かに開いたドアの隙間から光が漏れていた。二人は互いに顔を見合せて、隙間から覗きこむ。 ベッドに横たわった才人。その横に教師らしき壮年の男性が立ち、隣には両手を組み合わせるルイズ。 「何やってんだ? あれ」 「サイトさんの治療中みたいだね。ちょっと待ってよっか」 小声で会話しながら治療を見守る。やがて教師がルーンを唱えると、才人の身体を淡い光が包む。 「おお……むぐっ!」 塞がる傷に感嘆の声を上げかけた口を、シエスタの手が塞ぐ。 「風助君、静かに。お邪魔になるわ」 「すまねぇ……。しっかし凄ぇんだなぁ……」 子供のように(実際子供なのだが)目を輝かせる風助に、シエスタも微笑を漏らす。シエスタからすれば、風助も相当凄いことをしているのだが。 「あ、終わったみたい」 二言、三言ルイズと会話を交わし、教師が向かってきた。二人はたった今来たように振る舞い、一礼してすれ違う。 改めてドアを叩くと、ノックから数秒遅れて声が返る。 「誰?」 「あ、その、シエスタです。サイトさんのお湯をお持ちしました」 「開いてるわ、入って」 「失礼します」 入ると、真っ先に部屋の奥のベッドが目に入る。ベッドに横たわる才人、隣にルイズが腰掛けていた。 振り向いたルイズは、一緒に入ってきた風助を見るなり、 「何よ、あんたも来たの?」 「おー、才人はまだ寝てんのか?」 「見ての通りよ」 答えるルイズの口調はどこか棘があった。否、どこかではない。ピリピリと明らかに張り詰めた空気を、シエスタは感じた。 風助は知ってか知らずか、ベッドでいびきを掻いている才人の頬を軽く突く。「しっかし……変な顔して寝てんなぁ」 瞬間、ルイズの眉がピクリと跳ねた。同時に、シエスタの肩も寒気で跳ねた。 「ねぇ……シエスタって言ったわよね」 「は、はい!? 何かお手伝いすることはありますか!?」 「今は特にないわ。ちょっとこいつと二人にしてくれない……?」 「え……と……こいつって風助君ですか?」 この場合、才人は数に入るのだろうか。シエスタは答えに窮したが、ルイズは無言。となると、おそらくは正解。 狭い室内を支配する重圧は、更に重みを増す。 ルイズが何を言うのか、大方の察しはついていた。しかし、シエスタには何も言えない。 事実だからだ。彼女の抱く怒りも、これから風助にぶつけるであろう言葉も。 「それじゃあ、失礼します……」 一礼して去っていくシエスタを確認したルイズが、風助に顔を戻す。目を離した隙に、彼は仰向けで寝ている才人に跨って、 傷を確認しながら身体のあちこちを指圧していた。空気の読めるシエスタとは大違いだ。 「……何やってんの?」 「身体の回復力を高めるツボってのがあるんだ。ちょっとはましになるだろ」 「ふーん、それも忍空ってやつ?」 「まぁな」と言いつつ、風助は才人をひっくり返して背中も指圧する。 されるがままの才人は苦しそうに唸っているのだが、二人とも特に気に止めていない。 返答から暫くして、ぽつりと呟くようにルイズは話しだす。 「……あんたが、なんだか知らないけど凄いってのは分かるわ。 だったら、あんな大騒ぎしなくてもこの馬鹿犬を助けられたんじゃないの?」 才人を指差す。爆睡中の使い魔は二回、三回と転がされても起きる気配はまるでない。 「死にかけたのよ? そいつもギーシュも、それにあの場にいた全員も」 少しでも歯車が食い違っていたら、未曾有の大惨事になっていた。才人も、ギーシュも、タバサも引き裂かれていた。 暴風に絡め取られ、風龍の顎に噛み砕かれた広場の樹のように。 一人になって想像すると、怒りにも似た感情が湧いてきたのだ。 分かっている。止めようともしなかった観衆と、止められなかった自分の代わりに、彼は進み出た。 それを咎める資格はないのかもしれない、と。 理解していても、やり場のない気持ちは溢れてしまう。唇を噛んだルイズは黙して風助を見た。 「そうだな……すまねぇ、余計なことしちまった。俺が手出しなんかしなくても、多分才人は勝ってたと思うぞ。 ただ、放っときゃこいつは死ぬまでやりそうだったからな」 「嫌味? 別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ」 「俺だってそんなつもりで言ったんじゃねぇぞ……っと」 才人を元の姿勢に戻した風助は、ベッドから飛び降りてドアに向かう。勝手に帰ろうとする風助を、ルイズは慌てて呼び止める。 「ちょ、ちょっとどういう意味よ!」 「俺にもよく分かんねぇぞ」 ただ、あの暴風の中でギーシュを掴んでしがみ付くのは簡単ではない。ましてや満身創痍の身体で。同じことができる人間は、そうはいないだろう。 そして何より、剣を握り締めて立ち上がった時の才人の表情が、力強い闘気が風助に確信を抱かせた。完全な直感であり、理屈は分かるわけもない。 またしても頭上に? を浮かべるルイズに、風助は笑いながら問う。 「と、そうだ。一つ聞きてぇんだけど……」 ベッドに寝た少年の傍らに座る少女。ここでも、ルイズの部屋と同様の光景があった。違うのは、 少年に外傷はなく、少女は心配などしていないという点。 「う~ん、苦しい……。まだ回ってるような……君の水魔法で助けておくれよ、モンモランシ~」 「はいはい、元はと言えばあなたのせいでしょ。付いててあげるだけでもありがたいと思いなさい」 「いや……これは僕のせいじゃなくて、あのタバサの使い魔が……」 「なんでそこでタバサの使い魔が出てくるのよ。言い訳なんて男らしくないわねっ!」 ベッドの中から助けを求めるギーシュの手をぺしっと払い、そっぽを向くモンモランシー。 浮気をされて傷ついた彼女のプライドと機嫌はまだ直っていなかった。 ギーシュが決闘で重傷と人伝に聞いたので駆けつけてみれば、なんのことはない、目を回して吐いただけだった。 今は流れで付き添っているだけ。こっちが負った傷は、かすり傷のギーシュなんかよりもはるかに深いのだ。 ギーシュは泣きながら、起こし掛けた身体を横たえた。あの場にいなかったモンモランシーには、 何度事情を話しても理解してもらえなかった。聞いてさえもらなかった。 「うぅ……どうして分かってくれないんだい、モンモランシー……」 ギーシュはわざとらしく大げさに落ち込む。意外なことに、これが効を奏した。 気障な男が自分だけに見せる情けなさ。不覚にも母性本能をくすぐられそうになる。計算ではないのだろうが、天然だとしても大したものだ。 「まぁ……私も鬼じゃないしね。いいわ、聞いてあげる。話してごらんなさいな」 「あぁ……嬉しいよ、モンモランシー! 実はね……」 今度は伸ばした手が振り払われない。 重ねた手に、きゅっと力を込める。 見つめ合う二人。近づく距離。 「えーっと……ここで合ってんのか?」 そこへ、ノックもせずに闖入者が現れた。モンモランシーは素早く手を引っ込めた。心なしか顔は赤らんでいる。 寝転んだ状態で手を伸ばしていたギーシュは、 「ぅぅぅうわぁぁあああああ!! タ、タバサの使い魔ぁぁぁぁ!!」 一瞬でベッドから跳ね起き、壁に張り付く。 「なんだ、元気そうじゃねぇか。才人があんなだかんな、おめぇは大丈夫かって心配してたぞ」 竜巻に巻き込まれた恐怖は、ギーシュの精神に半ばトラウマとして焼き付けられていた。 それこそ使い手の顔を見た瞬間に拒否反応をもよおすほどに。 が、風助はまったく気付いてない。ギーシュの言動に疑問は呈したが、彼自身に恨みがあるわけでもなく、 巻き込んだ立場なので見舞いに来ただけだった。 「ぼ、ぼ、僕になんの用だ……まさかここで決闘の続きを……」 「なにこんな子供相手に怯えてるのよ。タバサの使い魔の……あなた、何しに来たの?」 モンモランシーは、事情を知らなかった。竜巻が発生した時も広場から遠く離れていたので、大変な騒ぎがあったとしか。 「さっきはすまねぇな。それを言いに来たんだ」 「……へ?」 ぺこりと素直に頭を下げた風助に、対するギーシュは間の抜けた声。 それもそのはず。ギーシュにとって風助は、決闘に割り込んで痛いところを突いてきた奴。自分を挑発し、本気で怒らせた愚かな子供。 その程度の存在でしかなかった。竜巻を発生させ、自身を含めた三人を諸共に巻き込む瞬間までは。 「おめぇのことも気になってたから、才人の見舞のついでに部屋を聞いてきたんだ」 今では畏怖の対象ですらあったが、それが何故か謝罪している。よく分からないが、自分が優位にあると知ったギーシュは咄嗟に取り繕い、 「なんだ、そんなことか……。ま、いいだろう。子供の不始末にいつまでも腹を立てているのも大人げないからね。 見ての通り、僕はあの程度では"まったく"堪えていないよ」 「さっきまで泣きついてたくせに、何言ってんだか……」 髪を掻き上げて、精一杯の虚勢を張ってみせる。突っ込みには聞こえない振りでOK。 「おお、よかったぞ。そんじゃさっきの続きなんだけどな……」 風助の言葉に、さぁっと血の気が引く感覚。 あれから冷静に考えてみたのだ。才人を担いだ状態で一瞬にして背後に回り、竜巻の中では二人を支えていたと聞く。これは流石に分が悪い。 青ざめたギーシュは、必死で説き伏せようと試みる。 「いや待て! じゃなくて待ってくれ!! 僕はもう気にしていない。君の無礼な振舞いは水に流そうじゃないか。 僕にも、その、ほんの少しは落ち度があったわけだし……」 「才人の傷が治ったら、またケンカの続きをしてくれていいぞ。俺はじっちゃんと約束しちまったからできねぇけど、 今度は才人一人でいい勝負になるかもしんねぇからな」 「はぁ……」 怒りも水――もとい風に流されて、そもそも何故決闘をしたのかも忘れかけていたところである。 もう戦う理由もなかったギーシュであったが、屈託なく笑う風助に乗せられたのか、理由も分からず頷く。 そして呆気に取られている内に、 「じゃあなー」 風助は去っていった。台風の過ぎ去った後のように、二人は呆然と言葉もなく開け放たれたままのドアを見ていた。 前ページ次ページ風の使い魔
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――メリダ島、ミスリル西太平洋戦隊基地、食堂。 「さーて、メシだメシ」 「あ、お疲れ様です」 午前の訓練を終えたクルツが昼食をとろうと食堂に入ったところ、見知らぬ顔に声を掛 けられた。十代後半と思しき日本人の少年だ。 「おーお疲れ、って見ない顔だな。お前新入り?」 「はい! 平賀才人伍長であります! 本日付けで西太平洋戦隊に配属になりました! よろしくお願い致します!」 才人は敬礼をしながら、元気良く自己紹介をする。 「元気があっていいねぇ。俺はクルツ・ウェーバー、階級は軍曹だ。ま、頑張れよ」 「はい! ありがとうございます!」 「ところでさ、もう他の連中には挨拶したのか?」 「ええ、一通りは済ませたんですけど…」 才人はそこまで言うと口籠もってしまった。クルツは不思議に思い、彼に聞き返す。 「ん? どした?」 「いやあの、あそこに座ってる人なんですけど、挨拶しても目すら合わせてくれないんで すよ」 才人が指し示す方向にクルツが目をやると、見知った仏頂面が映った。 「ああ、あのむっつり顔は相良宗介って言うんだ。いつもあんな感じだから、気にしなく ていいぜ」 「そうなんですか…でも、それにしては様子が変じゃないですか?」 「変って言われてもなぁ。どれどれ?」 クルツは改めて宗介を見やる。彼の顔は青白く、目は虚ろ。「馬鹿な…消えた…」「突 然…」「ボン太くんが…」などといった事をうわ言のように繰り返している。 「おーい、ソースケー、生きてるかー、しっかりしろー」 クルツが宗介の目の前で手を振りながら問いかけてみるが、反応は無い。 「こりゃ重症だな。まぁ、気にすんな。それよりメシはもう食ったか?」 「いえ、まだです」 「んじゃ、早くメシにしよーぜ」 そう言って宗介の側を離れる二人。宗介自身は相変わらず独り言を繰り返していた。 相良宗介のもう一つの愛機、ボン太くん。 『ゼロ』と呼ばれる落ちこぼれメイジ、ルイズ。 この一人と一匹(一機?)の出会いがハルケギニアの歴史を変えてゆく…… ――異世界ハルケギニア、トリステイン王国、トリステイン魔法学院。 「え? うそ…この私が?」 使い魔召喚の儀――学院の生徒が二年生に進級する際、自分の使い魔を召喚する儀式で ある。その儀式で信じられない出来事が起こった。 別に信じられない出来事といっても、人間の平民を召喚してしまった訳では無い。魔法 の才能が無い事で有名な『ゼロ』のルイズこと、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ ド・ラ・ヴァリエールが何と一回で召喚を成功させたのである。 その使い魔の特徴を箇条書きで記すと、 ・体の色は全体的に黄色で、所々に茶色のまだら模様。 ・顔の横から突き出たお皿の様な大きな耳。ネズミ? ・埃が入り放題ではないだろうかと思われる大きな目。 ・黄色のアクセントがおしゃれな緑のつば付き帽子。 ・これまたおしゃれな赤い蝶ネクタイ。 ・短足。 ・小さな子供なら、思わず抱き付きたくなる何かファンシーな感じ。 である。 「あのルイズが…『ゼロ』のルイズが……嘘だ! これは何かの間違いだ! しかも生き 物を召喚してるし!」 「でもよ、あんな生き物見た事無いぞ」 ルイズの召喚の様子を周りで見ていた生徒達は、ルイズが召喚したばかりの使い魔の姿 に戸惑っていた。何しろ、今迄に見た事が無い姿をしているのだから無理も無い。 そんな周囲を他所に、ルイズ自身は召喚を成功させた事に一人興奮していた。 「やややややったわ。つつついに成功しししたのよ。ここここここここここれでもう馬鹿 にされなくてすすす済むわ」 ルイズよ。嬉しいのは分かるが、先ずは落ち着くんだ。まだ契約が残っているぞ。 「そ、そうよね。まだ喜ぶのは早いわ。とにかく落ち着かなくちゃ。えーと、気持ちを落 ち着かせるのに有効なのは……深呼吸ね!」 その通り。先ずは大きく息を吸って、 「スゥーッ」 そして、ゆっくりと吐く。 「ヒッ、ヒッ、フゥー」 「ミス・ヴァリエール、それは深呼吸では無い。ラマーズ法の呼吸法だよ」 「わぁっ!!」 背後からいきなり声を掛けられたルイズは驚いて尻餅をついてしまった。声の主は今年 の儀式の監督を務めるコルベールだった。 「大丈夫かね? まだ落ち着きを取り戻していないようだが」 「え、ええ、何しろ、魔法がこんなに上手く出来たのは初めての事ですから」 「なら、休憩をとりなさい。このまま契約を行うのも辛いだろう」 「良いんですか?」 「少しくらいなら構わないよ。時間は君の判断に任せよう。終わったら私に声を掛けなさ い」 「分かりました。ありがとうございます」 ――六時間後。 「ふわぁー、あ、先生、休憩終わりましたぁ」 その場で大の字になって寝ていたルイズは、欠伸をしながらゆっくりと起き上がった。 太陽は空の向こうに沈みかけ、辺りは闇に包まれようとしている。 「う、うむ。では、早く契約を済ませなさい」 コルベールの肩は小刻みに震えていた。まるで今にも怒り出したいのを必死に抑えてい るかのように。 「ああ、そう言えばそうでしたね。じゃ、早速」 マイペースなルイズは謎の生き物と契約を交す。最後の口付けが終わると、謎の生き物 の左手に使い魔である事を証明するルーンが刻まれた。 「先生、終わりました」 「契約もちゃんと出来たようだね。君の番で最後だから儀式はこれで終わりだ。それじゃ あ皆、戻ろう…って、あれぇぇぇ!?」 コルベールが他の生徒達を解散させようとして周りを見回した途端、彼は驚きの声を上 げた。他の生徒達が既にいなくなっていたからだ。 「同級生が頑張っているというのに、それを見届けてあげるように指導出来ないとは…… ああ、私は教育者として、まだまだ力不足だというのか…」 「元気を出してください、先生。私なら気にしてませんから」 時間を遅らせた張本人であるルイズは既に蚊帳の外といった感じだ。 「まあいい。では、ミス・ヴァリエール、君も戻りなさい」 「あの、先生、一つ気になることがあります」 「なんだね?」 「この使い魔、さっきから微動だにしないんですけど」 使い魔となった謎の生き物は召喚された時から静止したままだった。本当に生きている のかも疑わしい。 「おかしいなあ」 ルイズはもっと良く確かめようとして使い魔の頭部を両手で掴んだ。ただ、勢い良く掴 んだので、使い魔の頭部が――外れた。 「く、首が、首が……」 ルイズはそのまま意識を手放した。 「しっかりするんだ! ミス・ヴァリエール……ん? これは…」 コルベールが気を失ったルイズを起こそうとした時、彼は使い魔の頭部に奇妙な部分を 見つけた。使い魔の頭部の内部は中身が無く、空洞になっていたのだ。 「一体、どういう事だ?」 詳しく調べてみようと使い魔の胴体に触れた瞬間、彼に異変が起こった。 「分かる、分かるぞ! この使い魔の事が手に取るように分かる!」 手を触れた瞬間、コルベールの頭の中に使い魔の全容が流れ込んできたのだ。この時、 使い魔の左手のルーンが光り輝いている事に彼は気付かなかった。 「これは生き物などでは無い! 人間が中に入って操るゴーレムだなんて前代未聞だ! 我々の世界の常識を遥かに超えている! 実に素晴らしい! 名前は……ボンタクン? そうか! ボン太くんというのか!」 コルベールの歓喜の声が夜の静寂を打ち破るように響き渡る。ルイズが起きていたなら、 確実にかわいそうな目か、生暖かい目で見ていただろう。 「む、こうしてはおれん。早速、試してみなければ」 コルベールは逸る気持ちを抑えつつ、素早くボン太くんの中に入り込む。そして、ボン 太くんの頭部を被り、頭部と胴体を繋ぐ金具を固定する。これで準備は完了だ。先程、ル イズが強く持った時に頭部が外れてしまったのは、この金具が固定されていなかったから である。 (おおおっ! これは凄いぞぉぉぉっ!) 外見からは想像も付かない高性能ぶりにコルベールの興奮は最高潮に達した。 「ふもっ! ふもっ! ふもーーーーーっ!」 ボン太くん(コルベール)は嬉しさの余り、跳んだり跳ねたり、寝そべってゴロゴロと 転がったり、踊ったりした。研究や発明が好きな彼にとって、このような物に出会えた事 が純粋に嬉しかったのだ。 「…う、うーん」 その勢いはエスカレートし、ひとり『フリッグの舞踏会』になろうかとしていた時、ル イズの声が聞えた。気を失っていた彼女が目を覚ましたのだ。 「あれ? 動いてる……そっか、さっきのは気のせいだったのね」 (しまった、興奮する余り、ミス・ヴァリエールの事をすっかり忘れていた) コルベールは自分の迂闊さに後悔した。だが、今更、実は自分が中に入っていたなどと 告白する訳にもいかないだろう。 (今、私が正体を明かせば、まともな使い魔が召喚出来たと喜んでいる彼女の気持ちを踏 みにじる事になってしまう…) 「コルベール先生もいなくなってる……やっぱり私が時間を掛け過ぎたから、怒って帰っ ちゃったのかな…」 「ふも…」 ボン太くん(コルベール)はルイズの肩にそっと手を置いた。 「え? 慰めてくれるの?」 「ふも」 「ありがとう、やさしいのね」 (何とか、落ち着いてくれたようだな) 「何時までもここにいても切りが無いわ。私の部屋に行くわよ」 (ミス・ヴァリエールには悪いが、暫くはこのままの状態で誤魔化すしかないか…) ボン太くん(コルベール)はそう思いながら、ルイズの後に続いた。 こうしてコルベールの、ボン太くんの中の人としての生活が始まった。
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虚無の曜日。 休日であるこの日、シエスタは朝早く自分の服を掃除し、洗濯する。 一通り部屋の掃除を終わらせた後、マジックアイテムの入ったポーチを腰に付け、マントは畳んで小さなバッグにしまい込む。 一般的なメイジ達よりも小さく作られた杖は、腰ではなく脇の下に下げて、外出の準備を終えた。 魔法学院の裏門で、貴族用に作られた靴よりも丈夫に作られた靴の紐を確認する。 シエスタの曾祖母が伝えたという”ブーツ”という靴らしい。 忘れ物がないか再度確認すると、シエスタは駆けだした。 走りながら考える。 貴族の生徒達と一緒に授業を受け、最初に感じたのは恐怖だった。 何せ貴族の使う魔法は、この世界で無くてはならないものであり、同時に平民を蹂躙する力でもある。 貴族の生徒の中に放り込まれ、シエスタは泣きそうになった。 だが、シエスタという異質な存在を受け入れさせるため、オールド・オスマンはルイズを利用する。 オールド・オスマンは、土くれのフーケを道連れにルイズが起こした爆発の規模を教師陣に説明し、一つの仮説を立てた。 「ミス・ヴァリエールは魔法を『失敗』していたのではなく『暴走』させていたのではないか」 魔法の暴走などという事象は聞いたこともない。 しかし、その破壊力と、自分自身までをも傷つけてしまう危険な魔法がこれから先現れないとも限らないとし、トリスティン魔法学院は既存の魔法だけではなく、文献に残された『特殊なケース』に目を向けることになる。 それが他ならぬオールド・オスマン自身であり、シエスタでもあった。 魔法の原理を研究するため、自身の身体を実験台としていたオールド・オスマンは、まったくの偶然で長寿を手に入れたと説明した。 もちろんこれには『波紋』が関わっているが、その事はロングビルとシエスタ以外には伏せられている。 シエスタの場合は、曾祖母リサリサが『東方より癒しの力を伝えた人物である』と説明することで一応話はまとまった。 この背後には、ルイズの母、カリーナ・デジレの働きもある。 若きメイジ達の育成に細心の注意を払い、未知の現象をただ『失敗』と断じるのではなく、その原因究明に勤めるようにとメッセージが届いたのだ。 また、意外なことに、魔法学院の教師の一人『疾風のギトー』がシエスタを評価してくれた。 疾風のギトーは風系統のメイジであり、風の魔法に強い自信を持っている。 授業が始まれば「風は最強だ」「風に勝る属性はない」ばかりを繰り返し、度が過ぎるためか、同じ風系統のメイジからも煙たがられている。 その評価が変わるのは、ギトーがシエスタを指名した日だった。 「……む、今日から一人多いのだったな、右奥の君」 「はっ、はい!」 「ミス・シエスタだったかな、オールド・オスマンから話を聞いている」 シエスタは突然名前を呼ばれ、緊張して返事が上ずってしまう。 「早速だが、私の属性は風、二つ名を『疾風のギトー』という」 依然、シエスタに視線を向けたままのギトーは、杖を取り出して得意げに言った。 「諸君らの前で、風が最強であることを示そう。折角だ…ミス・シエスタ、君の得意な魔法を私に放ってみたまえ」 「えっ!?」 「オールド・オスマンが言うには、君は特殊な魔法を使うそうだな、良い機会だと思ってね」 シエスタは驚き、慌てたが、そこでキュルケが助け船を出した。 「ミスタ・ギトー。ミス・シエスタは治癒に特化したメイジですわ、そんな彼女に人を傷つけさせようなどと仰っては、疾風の名が泣きますわよ」 キュルケの言葉を聞いて、ギトーが顔を綻ばせた。意外だった。 「ほう!治癒か!これはいい、なら是非それを見せてくれないか」 「えっ…えっと…」 シエスタが困ったように辺りを見回す、すると、窓際に置かれている花瓶に気が付いた。 いつも手入れされている教室には珍しく、何本かの花は枯れかけていた。 シエスタはおもむろに立ち上がり花瓶に手を当てると、呼吸を整える。 そしてオールド・オスマンの言葉を思い出す。 『君はいつも、重い物を持ち上げる時、呼吸を整えてから持ち上げるそうじゃな?それをやってみたまえ』 大丈夫。 何回も練習した。 だから大丈夫。 シエスタは身体の中を流れる”何か”を感じていた。 呼吸をする度に身体の内側から”何か”が流れていく。 呼吸がそれを押し出すように、一定の方向にそれを向かわせるように、ゆっくりと確実に呼吸を整えていく。 生徒達の耳に、コォォォォォォォ…という風のような音が聞こえたかと思うと、花瓶に挿された花に異変が起こった。 つい先ほどまで萎れていた花が、水分を吸収できずに枯れかけて変色した花が、まだ花の咲かぬ蕾のまま腐りかけた花が、だんだんと生気を取り戻していく。 三十秒ほど続けた後、花は生けられた時のように、いや、野に生えるよりも活き活きとその花を咲かせた。 そして教室にふわりと風が舞う、実際には窓の閉められた教室で、魔法も使わずに風が起こるはずはない。 花から漂ってくる香りが、まるで風のように教室中に舞ったのだ。 それと同時に、シエスタの身体が光り輝いて見えた生徒も居たが、目の錯覚だと思い黙っていた。 「素晴らしい…」 ギトーが、呟いた。 ギトーの言葉は生徒達にとって意外なものだった。 何人かの生徒は、シエスタの魔法(波紋)を見て『それぐらい水のメイジなら誰だって出来る』と言おうとしたが、ギトーの言葉にそれを挫かれた。 「諸君、風は最強だ、すべての障難を吹き飛ばし、また風は偏在する」 そう言いながら杖でシエスタの席を指し、シエスタに自席に戻るよう促す。 「だが今の治癒を見て分かるとおり、治癒に適する水の魔法のようなことはできない、風は最強であるが故に攻撃に特化しているのだよ」 それから一時間、授業は皆の予想とは違う方向に進んだ。 相変わらず『風は最強だ』とか『風は何者にも負けない』と繰り返すが、それは攻撃手段としてのもの。 最強だからこそ、『傷』を癒す『水』のメイジを、風の系統が保護してやらねばならないと熱弁していた。 シエスタをからかってやろうと思っていた貴族は出鼻を挫かれたのだ。 不満そうに腕を組んで黙り込んでいたのを見ると、ギトーの言葉に驚いたが納得はしていない様子だ。 授業が終わると、興味を牽かれた生徒達から質問攻めにされ、シエスタはしどろもどろになりながら”波紋”について答えた。 オールド・オスマンから口止めされている部分もあるので、詳しく説明することは出来なかった。 しかし、水の魔法と違い生命を癒す能力に特化していると説明すると、特殊な治癒魔法の使い手として生徒達に受け入れられるのだった。 それには、ルイズの死が関係している。 微熱のキュルケ、風上のマリコルヌ、青銅のギーシュ、香水のモンモランシーは特にルイズのことを良く覚えていた。 常日頃馬鹿にしていた相手が、その失敗魔法が原因で死んだというある種のトラウマがあるのだ。 ルイズは爆発を起こすという特殊なケースだった。 今度のシエスタは、爆発ではなく癒しの力を使う。 ある者からは贖罪のためにシエスタを受け入れ、ある者からは癒し手としてシエスタを受け入れ、ある者は成り上がりの平民を嫌い、そしてタバサは……… 「……もしかしたら」 シエスタの”力”に、一つの可能性を期待していた。 魔法学院から馬で二時間ほどの距離にある、小さな池。 ルイズが死んだと言われている場所だが、オールド・オスマンが言うには、訓練に丁度良い場所らしいい。 シエスタはここで”波紋”の訓練をしろと言われていた。 ここにたどり着くまで、シエスタは馬と大差ない速度で走り続けていた。 そればかりか、途中で休憩すらしていない。 タルブ村にいた頃は、一日がかりで山菜を採りに行くこともあった。 重い荷物を遠くから運んでくることもあった、しかし、これほど長距離を休まず走り続けた事があっただろうか。 シエスタは、自分の身体の中に、不思議な力がわき上がってくるのを実感した。 一通りの訓練を終えて、夕焼けが射す頃に、シエスタは魔法学院に帰還した。 「失礼します」 「鍵はかかっとらんよ、入りなさい」 シエスタはオールド・オスマンに一日の様子を報告した。 訓練の内容、成果、それらを毎日報告しろと言われていたのだ。 今日はロングビルが休みのため、学院長室にはオールド・オスマンとシエスタの二人しかいない。 「よく分かった、やはり水の上に立つのはまだ無理かのう」 「はい…申し訳ありません…」 「……ついこの間まで平民として過ごしていたんじゃ、上達が遅いのは仕方ない。…しかし、こちらにも急がねばならぬ理由があるんじゃ」 「理由、ですか?」 オールド・オスマンは、懐から一冊の本を取り出した。 それは土くれのフーケに盗まれ、ロングビルが持ち帰った『太陽の書』だった。 「それは、この間の本ですね」 「うむ、いいかねミス・シエスタ、これから言うことを誰にも言ってはならんぞ」 「…はい」 オスマンがディティクトマジックを唱え、次にサイレントの魔法を唱える。 」 「君がタルブ村から持ってきた、ひいお爺さんの日記は読ませて貰ったんじゃが…ワシには全部は読めん。この『太陽の書』と同じ、異国の文字で書かれておるようでのう」 「はい、その本も、日記も、ひいお爺さんの生まれた国の文字で書かれてるそうです」 「そうじゃろう、そうじゃろう。そして君はその文字を教わっている…と。」 オールド・オスマンは『太陽の書』のあるページを開き、それをシエスタに見せた。 「このページを読んでみなさい、君なら読めるはずじゃよ」 「はい。えーと…」 『この仮面は人間を吸血鬼に変身させ…』 学院長室に、シエスタの音読する声だけが響く。 しかし、シエスタの声はだんだん小さくなっていき、一ページ読み終わる頃には顔が青ざめていた。 「吸血鬼って、怖いんですね…本当にひいお婆ちゃんが、こんな吸血鬼と戦っていたんでしょうか」 「………ショックを受けるのはまだ早いぞ、これを見たまえ」 オールド・オスマンが差し出したのは小さな箱、中には復元された『石仮面』が入っている。 「これって、この本に書かれている『石仮面』ですか?」 「本物は唇と顎の部分じゃ、他は全部復元した物であって、人間を吸血鬼にしてしまうような効果はないわい」 「そうなんですか…でも、これが存在するという事は、吸血鬼が存在するって事…ですよね」 「まあ、そういう事になるじゃろうな」 「それじゃあ、私は、この石仮面で吸血鬼になった人を……退治するために魔法学院に入学させられたんですか」 オスマンは無言で頷いた。 「無理に、とは言わん、だが、人間と吸血鬼を区別できる魔法など、存在しないんじゃよ。その”波紋”意外にはのう」 「……わかりました、やります、私、自分にできることをします」 「ルイズ様が仰っていました、貴族は貴族の、平民には平民の、一芸に秀でた物には一芸に秀でた物としての役割があるって…ですから、私、精一杯やってみます」 オスマンはにっこりと微笑んだ。 しかし、微笑みの仮面の裏に、途方もない罪悪感があることを、シエスタは知らない。 To Be Continued → 17< 目次
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 空には2つの月と星。 机の上に置いた藁を敷き詰めた箱の中で怪我をしたフェレットが寝ていた。 ルイズは腕を枕に机に突っ伏して、そのフェレットを見ているた。 今日は本当に疲れた。 人間用の回復の秘薬は小動物には強すぎるので薄めないと使えない。 それを何回も何回も傷口に塗り続けている。 それでやっと治ってきた。 「ねえ、元気になってよね」 返事はない。 「早く名前くらいつけさせてよ。私はルイズって言うのよ。ご主人様の名前よ。しっかり覚えなさい」 やっぱり返事はない。 また指先に薬をつけて塗っていく。 「そうよね。まだコントラクト・サーヴァントもしてないんだものね」 だんだんまぶたが重くなる。 「手間の……かかる……使い魔ね……」 疲れ果てたルイズはそのまま夢の世界へ落ちるように旅立った。 ルイズが夢の世界へ旅立ってから少し立った頃、箱の中のフェレットは前足を立て、体を起こした。 ルイズの体をしげしげと見て、机から飛び降りる。 扉が少し開いているのを見つけると、フェレットはその隙間から部屋を出ていった。 ルイズが目を冷ましたのはまだ暗いときだった。 薬を塗る時間が過ぎたのにあわてて箱の中を手で探るがなにもない。 「どこ?私の使い魔、どこに行ったの?」 窓の外に赤く光る小さな点が見えた。 何か根拠があるわけではないがルイズはそれが使い魔が首からかけていた赤い宝石だと思った。 あわてて部屋を出て階段を駆け下りる。 外に出ると赤い光が消えるのが見えた。 あの先には学院の出入り口がある。 「外に出ちゃったの!?」 あわててルイズは追いかける足を速めた。 木の生い茂る森の中でも見失ったりはしなかった。 見えなくなる度に赤い光が見えて方向を教えてくれる。 木の根につまづいたり、枝が服を破いたりしたけど使い魔に逃げられるよりはずっとましだ。 走っているうちに随分遠くに来た気がする。 やがて少し開けた場所で赤い光が止まった。 追いついて使い魔をつかまえようと思ったが止めた。 使い魔が光りだしたからだ。 「な、なに?」 茂みに隠れてのぞき見ると、フェレットだった使い魔は人間の姿に変わっていった。 「あの男の子……」 どこかで……夢で見たような気がする。 男の子は周りを見回す。 ルイズの方を見た。 見つかった!と思ったとき、ルイズの後ろでうなり声がした。 「きゃあーーーーっ」 目だけが爛々と光る獣のような者がいた。 襲いかかってくる歪んだ影を見ると、ルイズの身はすくみ、思わず目をを閉じてしまった。 「ルイズ!」 名前を呼ばれ、目を開ける。 さっきのフェレットが変身した男の子がいた。 手を前に突きだし、光の魔法陣で獣を防いでいる。 「来ちゃったんだ……」 「え?なに?どういうこと?なんで私の名前を知ってるの?」 「それは……う……」 男の子がうめき出し、魔法陣の光が霞む。 獣が魔法陣から下がり、着地した反動で縮めた体を伸ばし、もう一度魔方陣めがけて突進する。 「うぁああああああ!」 「きゃああああ!」 消えかけた魔法陣では二人を守りきれない。 はじき飛ばされ、何度も地面を転がった。 「なにあれ。逃げないと」 手を引っ張って走り出そうとしたけど男の子の子はうずくまったまま動かない。 苦しそうに手で体を押さえていた。 フェレットだったらルイズが薬を塗った場所だ。 「あなた、やっぱり」 獣のうなり声がまたした。今度は上から。 ルイズは少年を引きずって飛び退く。 そばにある木が真っ二つに割れた。 「あんなのって……どうすればいいの?」 地面にめり込んだ獣が触手を出してもがいている。 すぐには出られないみたいだが、そんなに長くはかからないだろう。 あそこから出られたら捕まってしまう。 逃げても獣の方がずっと早い。 ルイズの手が男の子に引かれた。 「ルイズ……使って。魔法の力を」 「だめよ」 ルイズは叫ぶ。 「私には魔法が、魔法なんて使えないの!」 「大丈夫」 男の子は苦しそうだ。 「君には資質がある。だから、これを」 男の子はルイズに赤い宝石を握らせる。 「これ……」 「それを手に、目をとじて、心を澄ませて」 「え?これを」 何が何だか解らなかった。 「はやく!」 男の子が叫ぶ。 ルイズは男の子の言葉通りに目を閉じた。 「僕の言ったとおりに繰り返して」 「わかったわ」 「いい?いくよ」 「いいわ」 男の子が目を閉じる。 「我、使命を受けし者なり」「我、使命を受けし者なり」 男の子の言葉にルイズが続く。 宝石の光が強くなる。 「契約のもと、その力を解き放て」「契約のもと、その力を解き放て」 宝石から鼓動が聞こえた。 「風は空に、星は天に」「風は空に、星は天に」 ルイズの鼓動と宝石の鼓動が1つになる。 「そして不屈の心は」「そして不屈の心は」 宝石の力とルイズの魔力が合わさる。 ルイズと男の子の言葉も同時に響く。 「この胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」 「stand by ready.set up.」 召喚の時に聞こえた異国の言葉をもう一度聞いた。 宝石の光がさらに広がった。光は天をつき、獣をひるませ、ルイズを驚かせる。 「落ち着いてイメージして。君の魔法を制御する魔法の杖の力を、そして君の身を守る強い衣服の姿を」 「いきなり言われてもそんなの……あ……」 思い出した。 学院に入学する少し前。わくわくしながらベッドの中で思い描いたこと。 誰にも負けないすごいメイジになった自分の姿を。 途端に、ルイズ自身が光り出す。服がほどけ、別の服が編み上げられる。手にはいつも持っている杖ではなく、もっと強い杖が握られる。 「成功だ」 光が消えたとき、男の子はルイズの新しい姿を見た。 ルイズは自分が考えたとおりの服着て、新しい杖を持った自分自身を見つけた。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ